札幌での日々をようやく綴ります

沖縄から札幌への引っ越しが決まり、このブログでもお伝えして、

そこから放置すること4ヶ月・・・。

 

温かいコメントをくださった皆さん、

ブログを読んでくださった皆さん、

本当に本当に失礼しました。

 

8月の下旬に娘と共に札幌へ引っ越しました。

新千歳空港に着くとこんな雪国っぽいサインがお出迎えしてくれて、真夏にも関わらず北へ来た(ダジャレではない)のだなぁと実感。

 

沖縄に置いてきた臆病者のプディ子はんのことを

心配していたのですが、

9月には迎えに行くからねーと約束して

まずはお家の片付けに専念。

 

引っ越し当日の夕方、窓から見えた虹。実は沖縄に引っ越した日にも虹が見えたのですが、札幌でも同じく虹に迎えてもらえて、すごく嬉しかったことを覚えています。

 

今回、就職先であるAmazonからは、

家族の引っ越しの費用も出してもらえるという条件だったのですが

夫は当分沖縄に暮らすこともあり、

会社からの引っ越し費用は夫が札幌に来る時に

大型家具を運搬する際に使わせてもらおうと思い、

娘と私が当面必要なものを段ボール25箱くらいにまとめ

沖縄の郵便局からひたすら札幌に送りました。

あと、必要な家具なども私と娘の引っ越しに合わせて

届くように手配しました。

 

しかーし。

注文した家具が私と娘の到着よりも早く着いてしまい

「居住者不在」で返送されてしまったり、

来るはずの荷物が来るべき日に届かなかったり・・・。

引っ越し初日、私と娘は寝具が届かず、

段ボールを何枚も重ねた上で寝ました・・・。

(思ったよりは寝られたけど、翌日体が痛かった)

 

 

ちなみに9月に沖縄に迎えにいったプディ子はんは

ふてくされながらも私との再会を喜んでくれました。

札幌に着いてからは

少しだけ猫トイレやクローゼットに引きこもったものの

あとはウロウロと新しい家を探検し、

夜は私にくっついて眠り、

意外と早く慣れてくれました。

 

9月とはいえ、夜になると気温がきっちり下がるので

猫がくっついて寝ていても暑くないのが良かったです。

新しいお家でもくつろぎ始めたプディ子はん。彼女なりにゆっくり慣れてくれればいいと思っていましたが、予想以上の適応力を発揮してくれました。グッジョブ。

 

 

とにかく引っ越しして最初の数日間は

ひたすら家具を組み立て、段ボールの荷物を片付け、

なんとか暮らせる状態には持っていきました。

当時の私の腰痛はハンパなく、コルセットが手放せない状態。

その合間に娘の転校手続きなども済ませて、

気づけば私の入社日。。。

 

方向音痴の私は、30分余裕を持って家を出たのですが、

会社に着いたのは集合時間の10分前。

しかもビルの1階に迎えに会社の人が迎えに来てくれる

ことになっていたらしいのですが、

私は1人でエレベーターに乗って会社の受付まで行き、

そこで待っていたという別行動!!

 

一緒に入社した他のメンバーが揃ってエレベーターから上がってきて

「あれ?下で集合だったんですか?」と

すっとぼけた声を出したのが、

私と、私の上司にあたるマネージャーとの最初の会話でした。

 

 

初日は社内でオリエンテーション的な時間や

支給されるパソコンのセッティングやらに忙殺されました。

その途中で、マネージャーが

「明日から自宅で仕事してください」と一言。

 

え?右も左も上も下も分からないというのに、

明日から在宅勤務ですとーーー??

最初の数週間は研修で、それは社内で行われると思っていたため

張り切って1ヶ月分の通勤定期買っちゃったやーーん。

 

などなど悲喜こもごもありましたが、

半ば強制的にオフィスにいる人数を減らしている中

新入社員(しかも同期でぶっちぎり最年長)の私が

従わないわけにいきません。

 

不安しかないまま、支給されたパソコンを持って退社しました。

同期にもう1人、ママさんワーカーがいらして

(とはいえ、彼女は私より10歳近く年下)

2人で「不安しかないよね・・・」って言いながら

駅まで歩いたものです。

コルセットを巻いた腰痛がシクシク辛かったぜ・・・(笑)

 

 

翌日から研修が始まりました。

色々な人に「マミコさんはAmazonで何の仕事をしているの?」

と聞かれるのですが、

簡単に言うと、Amazonで販売をする、いわゆるセラーさん側に

関わるお仕事です。

お買い物をする人が、安心していい環境で楽しんでもらうためにも

販売する側のサポートやコンプライアンスの遵守は絶対必要で

毎日なかなかの緊張感を強いられる瞬間があります。

 

ラジオの世界で四半世紀ほど仕事をしてきた私にとっては

全くの未知なるお仕事。

研修中、そして実際の業務についてからも、

私本当にこの仕事やっていけるのか?と何度も思いました。

 

でも、オンラインでの研修にも関わらず

非常にアットホームで質問しやすい雰囲気があったり、

繰り返し自習できるシステムがあったりしたおかげで

なんとか業務に携われる状況に成長させていただきました。

 

実際に仕事をして思うのは、

若い会社であり、どんどん新しいチャレンジをする社会なので、

システムの変更や見直しもすごい頻度で行われます。

それこそ週単位で業務上のルールが変わったりもします。

その変化についていくこと、変化を理解して、

出来るだけ疑問点を早く解消することの大切さも

学びました。

 

家族との会話や、ラジオでのコングさんとのやり取りで

英語を使う機会はたくさんあったものの、

ビジネス用語のボキャブラリーが貧困だった私は

英語の壁にも苦労しました。

毎日知らない英語をノートに書き留めたり、

スマホの英語辞書アプリを常に開いた状態で自習をしたり。

最初の1ヶ月くらいは仕事に必要な文書を読むだけでも

途中で挫折しそうになったりしていました。

老眼加速中の目にも辛かった・・・。

 

それでも、少しずつ必要な英単語を覚えて、使えるようになり、

世界規模で送られてくる業務用メールの膨大な英語も

業務の合間に読んで対応できるようになってきました。

 

あと、長年マックユーザーだった私は

会社支給のWindowsの操作にも慣れなくて、

それにも泣かされました。

Outlookの設定が分からへーん!とか

右クリックの必要なタイミングが分からへーん!とか

そんなのしょっちゅうでした。

 

でも、とにかく必死でついて行くしかなく、

チーム最年長なので足を引っ張ってはいけないと

始業時は誰よりも早くログインして自習したり、

業務が終わってから夜もう1度復習したり、

翌日のやることを見直したり、

私ができることは時間をかけて能力を上げることしかありませんでした。

 

その甲斐あって、先月会社から

「Best new comer」の1人として賞をいただいたことは

本当に嬉しいことでした。

(もちろん他の賞もありますし、受賞したのは私だけではないですよー)

アラフィフの私でもまだ成長できるんだ!

って思えたのが何より嬉しかったです。

 

 

とはいえ、業務の最先端の難しいことを、

私が先頭切って理解して伝えて行くことは、控えめにいっても

ちっともできていません。

でも、私はマネージャーの業務がいっぱいいっぱいな時に

「お手伝いしましょうか」と声をかけたり、

チームで欠けていることに気付いた時に

「こういう機会を作ってみませんか?」と提案したりといった

隙間を埋めて行く役割が似合っているようです。

 

実は、入社翌日から在宅勤務が続いているチームで仕事をする中

圧倒的にコミュニケーションの機会が少なく、

オンラインでのコミュニケーションではどうしても

業務にまつわる堅苦しい話に終始してしまう環境を

すごく不自然に感じていました。

ある日思い切って「私たちには雑談が圧倒的に足りない!!」

「だから雑談のためだけの時間を作りたいです!」と

上司に勝手に企画書を送りつけました(笑)

 

Amazonに入社して、この会社のいいところだなと思う点の1つに

やりたいことがあれば、どんどん提案してねと言う文化が

浸透していることがあります。

ひらめきや、ちょっとした思いつきで、

こうしてみようか、ああしてみようか、と言う思いつきを

すぐ口にしたがる私にとっては本当にありがたい。

そしてそれをきちんと評価してくれる社風に乗っかりました。

もちろん、アカン提案は「うーん、これはちょっと難しいかな」

とやんわり却下されますが。

 

現在、同じチーム内のメンバーたちと雑談のためのグループを作り

みんなが好き勝手に喋れる時間を定期的に開催しています。

まだまだ足りないなぁと思うこともいっぱいありますし、

そんなことより本来の業務のスキルアップを図りなはれ、

という思いもあるのですが、

私にできることをやっていけばいい、と半ば開き直りのようであり

半ば私らしくいるための立ち位置のようなものを

見つけた気分にもなりつつあります。

 

まだ入社4ヶ月の私ですが、1つ1つ壁を超えて

きっとこれからもどんどんやってくる壁を前に

凹んだりもするのでしょうが、

まぁ何とか攻略してみようと、手を替え品を替え

やって行くことになるのでしょう。

 

私がラジオの世界で身につけた最大といってもいいスキルは

反省はするけど、長く落ち込まない、ということです。

ラジオの世界に入ったばかりの頃、

生放送で失敗をし(それほど大きな失敗でなくても)、

1週間近く落ち込んでいたことがありました。

当時週に1回の生放送を担当していたので、

「落ち込んだまま次のオンエアが来てしまう!これはダメだ」

と必死になって気持ちを切り替えたことを覚えています。

 

週に4日の生放送を担当し、週末はイベントで司会をし、

というような仕事になっていくと、

そんなに長いこと落ち込んでいられません。

落ち込んで得をする人は誰もいません。

私は仕事の時は「いつもご機嫌さん」でいることを

モットーにしていますので、なおさらです。

そこで、失敗した後は、とことん反省をして、

なぜ失敗が起こったのか、どうすれば起こらなかったのか、

次に同じ状況になった時はどう対応するのかなど

自己分析だけはしっかり行って、

それが終わったら完全にピリオドを打つ!

 

それでも気分が晴れない時は、

好きな映画を見るとか、お酒を飲むとか、漫画を読むとか、

何でもいいから簡単で楽しいことをします。

それで終わり!

 

こういうスキルが身についたことは、今の仕事にもとても

役に立っています。

新しい仕事に就いてからも失敗は何度もしました。

失敗の報告書の書き方も上手くなりました。

そこを自慢するなって感じですが。

 

私の若い同期の中には

失敗することによって、以前から練っていた

素晴らしい提案があるにも関わらず

「あんな失敗した自分が、こんな提案をするのは良くない」

と口を閉ざしてしまう人もいます。

 

そんなんもったいなーーーい!!

と思うのです。

失敗は失敗。終わったことは取り戻せない。

そこから学んでいくしかない。

だからと言って、もっと環境を良くするための提案や

仕事に役立ちそうなアイデアを封印するなんて

そんな罰を自らに与える必要はないと思うのです。

 

 

こんな風に思えるようになったのは

私が歳を重ねたせいでしょう。

私も彼らくらいの歳の頃には、もっと別の考えをしていました。

 

だからチーム最年長、おばちゃんパワーを発揮して、

「もっとみんなどんどん声に出していこう!!」と

いう雰囲気を作って行くことは

私だからできる役割だと思います。

「色々失敗しているマミコさんも平気でやっているんだから

私も、僕もやっていいのだ」と思ってもらえれば

そんなに嬉しいことはありません。

 

と、仕事にも少しずつ慣れてきて、

どんどん面白くなってきたところで、

夫も今月頭に、もう1匹のニャンコの

イジーとともに札幌に引っ越ししてきました!

やっぱり2匹揃うと、愛おしさ10倍。全然違う性格だけど、それなりにうまくやっています。可愛いコンビ。

 

現在夫は沖縄の職場の有給消化中で、

来月からは札幌の新しい職場での仕事が始まります。

家族3人、ニャンズ2匹、雪に囲まれた

真っ白の街で、時々喧嘩もしますが

基本笑って暮らしています。

 

 

札幌はとても美しく、

暮らしぶりは合理的で便利。

優しい人が多くて、気持ちよい日々です。

 

ようやくブログに手をつけられるくらいの余裕が

取り戻せました。

次の更新がいつになるかはわかりませんが、

こちらでも時々綴っていけたらと思っています。

 

長い文章、読んでくださってありがとうございました。

 

2020年12月19日(土)雪の降る札幌より

新たなチャレンジ

皆様にお知らせです。

 

新型コロナウィルスのために、生活が変わった方も少なくないと思います。

私の生活も変わりました。

沖縄に移住した去年の10月時点では、ほぼ毎月1回か2回は

関西でイベントの司会などの仕事が決まっていました。

このペースで関西と沖縄を行ったり来たりしながら

2拠点生活をしていけたらいいなと思っていました。

 

しかし、残念ながら今年2月の後半以降、

予定されていた全てのお仕事がキャンセル、または延期となってしまいました。

 

沖縄でも海外から移住してきた子供たちが

なかなか日本の学校に馴染めない現実を知り、

そういう子供たちが集まれるフリースクールのようなものを作ろうと、

外国人ママさん達と計画をしていました。

しかし、子供たちが集まる場所を増やすことはリスクがあるということで、

この計画も頓挫してしまいました。

つまり、私がやりたかったことが

どんどんできない状況になってしまったのです。

 

 

そんな時、たまたま夫がある会社の求人広告を見つけてきました。

20年以上フリーランスで働いてきた私ですので、

会社勤めなんてできるのか?と半信半疑でしたが、

ものは試しと軽い気持ちで履歴書を送ってみました。

 

2ヶ月半ほどかけてオンラインでの筆記試験や複数回の面接などを受け、

どういうわけか内定を頂いてしまいました。

勤め先はアマゾン・ジャパンです。

 

詳しい業務内容は差し控えますが、

アマゾンに出品するお店のサポート的なお仕事です。

全く畑違いのお仕事で内定を得られた理由は、

カスタマーをまず中心に考えるというアマゾンの基本理念に、

私が長年ラジオのお仕事の中でモットーにしてきた

「リスナーさんの方を向いて仕事する」

という考えが合致したことしか思い当たりません。

つまり、ラジオのお仕事をやってきた中で

大切なことに気づかせてくれたリスナーさんたちのおかげなのです。

 

そして、勤務先なのですが、これが笑ってしまうほど極端でして。

 

なんと、札幌勤務になりました!!

沖縄県から北海道。日本の南端から北端への大移動です。

当面、私は娘と2人で札幌で暮らします。

いつになるか分かりませんが、

いずれ夫も札幌へ移るつもりで考えてくれています。

 

人事の方に確認した限りでは、

司会業やナレーターなどの声を使ったお仕事を副業とすることは

認めてもらえるとのこと。

延期という状態でスケジュールを抑えてくださっている

イベント関係の司会のお仕事などは、

変わらずやらせていただきます。

 

8月の20日に札幌に引っ越します。

そして8月後半からは、

20年以上振りの会社員としてのお仕事をスタートさせます。

 

いやぁ、人生何があるか分かりませんね。

1年前の今頃はラジオのお仕事を辞めて、

沖縄に行くことが決まっていました。

まさか世界がこんな風にウィルスの脅威にさらされるようになるとは

想像もできませんでした。

でも、状況が変わったのですから、そこに適応していかねばなりません。

 

沖縄に来たことは、娘のためでもあり、

とても必要なことだったと思っています。

沖縄に暮らしたことで、娘には世界各地の友達との出会いがあり、

アメリカと日本のミックスという彼女のアイデンティティの土台が

できたように感じます。

自分のバックグラウンドに誇りを持ち、

自分の得意なことを伸ばすことの大切さを、

娘は沖縄で学んだように感じています。

 

そして私自身も、長年暮らしていた奈良を離れて沖縄へ来て、

全く見ず知らずの土地でもなんとか暮らしていけるという

自信を得ることができました。

だから「沖縄から札幌へ移住」と聞くと

ちょっと仰々しく感じてしまうかもしれませんが、

私は意外と軽やかに引越しの準備を進めています。

 

沖縄の美しい海、大きな夕日、

そしてこの土地で出会った友達など、

さよならするのが寂しいことは色々ありますが、

やりたかったことを諦めてここで悶々と暮らすよりは、

新たな土地での新たなチャレンジに、今は魅力を感じています。

 

 

本来ならば、お世話になった皆様、

仲良くしてくださっている方々に

直接おひとりずつお伝えするのが筋ではありますが、

内定が出てから移住までに

私が希望している期間より3週間ほど早く札幌に来て欲しいという

アマゾン側の都合により、バタバタとしております。

このような形でお伝えする無礼をお許しいただければ幸いです。

 

 

個人的には、私の食べ物の好みに合っているのは

日本では北海道がナンバーワンだと思っておりますので、

非常に楽しみにしております(食べ過ぎ注意!笑)。

 

北海道の皆様、どうぞよろしくお願いします。

 

まさか40代の後半になって、

トロピカルな気候も雪国の気候も体験できるとは思っておりませんでした。

沖縄で突然降り出す土砂降りのスコールに驚いたり、

何度見ても「キレー」と声を出してしまうほどの美しい海の

すぐそばに暮らしたりしたことは、一生の思い出です。

 

そしてまた、新たな魅力を、新しい土地で見つけることを

ワクワクしています。

 

自分の人生ながら、おもろいなぁとニヤニヤしております。

きっとおばあちゃんになった時(その時私はどこにいるんでしょう?)、

人生の思い出話のネタは尽きないなと自負しております。

 

 

まだまだこれから!ワクワクする方向へ歩いていきます。

今後ともどうぞよろしくお願いします。

 

小谷真美子