札幌での日々をようやく綴ります

沖縄から札幌への引っ越しが決まり、このブログでもお伝えして、

そこから放置すること4ヶ月・・・。

 

温かいコメントをくださった皆さん、

ブログを読んでくださった皆さん、

本当に本当に失礼しました。

 

8月の下旬に娘と共に札幌へ引っ越しました。

新千歳空港に着くとこんな雪国っぽいサインがお出迎えしてくれて、真夏にも関わらず北へ来た(ダジャレではない)のだなぁと実感。

 

沖縄に置いてきた臆病者のプディ子はんのことを

心配していたのですが、

9月には迎えに行くからねーと約束して

まずはお家の片付けに専念。

 

引っ越し当日の夕方、窓から見えた虹。実は沖縄に引っ越した日にも虹が見えたのですが、札幌でも同じく虹に迎えてもらえて、すごく嬉しかったことを覚えています。

 

今回、就職先であるAmazonからは、

家族の引っ越しの費用も出してもらえるという条件だったのですが

夫は当分沖縄に暮らすこともあり、

会社からの引っ越し費用は夫が札幌に来る時に

大型家具を運搬する際に使わせてもらおうと思い、

娘と私が当面必要なものを段ボール25箱くらいにまとめ

沖縄の郵便局からひたすら札幌に送りました。

あと、必要な家具なども私と娘の引っ越しに合わせて

届くように手配しました。

 

しかーし。

注文した家具が私と娘の到着よりも早く着いてしまい

「居住者不在」で返送されてしまったり、

来るはずの荷物が来るべき日に届かなかったり・・・。

引っ越し初日、私と娘は寝具が届かず、

段ボールを何枚も重ねた上で寝ました・・・。

(思ったよりは寝られたけど、翌日体が痛かった)

 

 

ちなみに9月に沖縄に迎えにいったプディ子はんは

ふてくされながらも私との再会を喜んでくれました。

札幌に着いてからは

少しだけ猫トイレやクローゼットに引きこもったものの

あとはウロウロと新しい家を探検し、

夜は私にくっついて眠り、

意外と早く慣れてくれました。

 

9月とはいえ、夜になると気温がきっちり下がるので

猫がくっついて寝ていても暑くないのが良かったです。

新しいお家でもくつろぎ始めたプディ子はん。彼女なりにゆっくり慣れてくれればいいと思っていましたが、予想以上の適応力を発揮してくれました。グッジョブ。

 

 

とにかく引っ越しして最初の数日間は

ひたすら家具を組み立て、段ボールの荷物を片付け、

なんとか暮らせる状態には持っていきました。

当時の私の腰痛はハンパなく、コルセットが手放せない状態。

その合間に娘の転校手続きなども済ませて、

気づけば私の入社日。。。

 

方向音痴の私は、30分余裕を持って家を出たのですが、

会社に着いたのは集合時間の10分前。

しかもビルの1階に迎えに会社の人が迎えに来てくれる

ことになっていたらしいのですが、

私は1人でエレベーターに乗って会社の受付まで行き、

そこで待っていたという別行動!!

 

一緒に入社した他のメンバーが揃ってエレベーターから上がってきて

「あれ?下で集合だったんですか?」と

すっとぼけた声を出したのが、

私と、私の上司にあたるマネージャーとの最初の会話でした。

 

 

初日は社内でオリエンテーション的な時間や

支給されるパソコンのセッティングやらに忙殺されました。

その途中で、マネージャーが

「明日から自宅で仕事してください」と一言。

 

え?右も左も上も下も分からないというのに、

明日から在宅勤務ですとーーー??

最初の数週間は研修で、それは社内で行われると思っていたため

張り切って1ヶ月分の通勤定期買っちゃったやーーん。

 

などなど悲喜こもごもありましたが、

半ば強制的にオフィスにいる人数を減らしている中

新入社員(しかも同期でぶっちぎり最年長)の私が

従わないわけにいきません。

 

不安しかないまま、支給されたパソコンを持って退社しました。

同期にもう1人、ママさんワーカーがいらして

(とはいえ、彼女は私より10歳近く年下)

2人で「不安しかないよね・・・」って言いながら

駅まで歩いたものです。

コルセットを巻いた腰痛がシクシク辛かったぜ・・・(笑)

 

 

翌日から研修が始まりました。

色々な人に「マミコさんはAmazonで何の仕事をしているの?」

と聞かれるのですが、

簡単に言うと、Amazonで販売をする、いわゆるセラーさん側に

関わるお仕事です。

お買い物をする人が、安心していい環境で楽しんでもらうためにも

販売する側のサポートやコンプライアンスの遵守は絶対必要で

毎日なかなかの緊張感を強いられる瞬間があります。

 

ラジオの世界で四半世紀ほど仕事をしてきた私にとっては

全くの未知なるお仕事。

研修中、そして実際の業務についてからも、

私本当にこの仕事やっていけるのか?と何度も思いました。

 

でも、オンラインでの研修にも関わらず

非常にアットホームで質問しやすい雰囲気があったり、

繰り返し自習できるシステムがあったりしたおかげで

なんとか業務に携われる状況に成長させていただきました。

 

実際に仕事をして思うのは、

若い会社であり、どんどん新しいチャレンジをする社会なので、

システムの変更や見直しもすごい頻度で行われます。

それこそ週単位で業務上のルールが変わったりもします。

その変化についていくこと、変化を理解して、

出来るだけ疑問点を早く解消することの大切さも

学びました。

 

家族との会話や、ラジオでのコングさんとのやり取りで

英語を使う機会はたくさんあったものの、

ビジネス用語のボキャブラリーが貧困だった私は

英語の壁にも苦労しました。

毎日知らない英語をノートに書き留めたり、

スマホの英語辞書アプリを常に開いた状態で自習をしたり。

最初の1ヶ月くらいは仕事に必要な文書を読むだけでも

途中で挫折しそうになったりしていました。

老眼加速中の目にも辛かった・・・。

 

それでも、少しずつ必要な英単語を覚えて、使えるようになり、

世界規模で送られてくる業務用メールの膨大な英語も

業務の合間に読んで対応できるようになってきました。

 

あと、長年マックユーザーだった私は

会社支給のWindowsの操作にも慣れなくて、

それにも泣かされました。

Outlookの設定が分からへーん!とか

右クリックの必要なタイミングが分からへーん!とか

そんなのしょっちゅうでした。

 

でも、とにかく必死でついて行くしかなく、

チーム最年長なので足を引っ張ってはいけないと

始業時は誰よりも早くログインして自習したり、

業務が終わってから夜もう1度復習したり、

翌日のやることを見直したり、

私ができることは時間をかけて能力を上げることしかありませんでした。

 

その甲斐あって、先月会社から

「Best new comer」の1人として賞をいただいたことは

本当に嬉しいことでした。

(もちろん他の賞もありますし、受賞したのは私だけではないですよー)

アラフィフの私でもまだ成長できるんだ!

って思えたのが何より嬉しかったです。

 

 

とはいえ、業務の最先端の難しいことを、

私が先頭切って理解して伝えて行くことは、控えめにいっても

ちっともできていません。

でも、私はマネージャーの業務がいっぱいいっぱいな時に

「お手伝いしましょうか」と声をかけたり、

チームで欠けていることに気付いた時に

「こういう機会を作ってみませんか?」と提案したりといった

隙間を埋めて行く役割が似合っているようです。

 

実は、入社翌日から在宅勤務が続いているチームで仕事をする中

圧倒的にコミュニケーションの機会が少なく、

オンラインでのコミュニケーションではどうしても

業務にまつわる堅苦しい話に終始してしまう環境を

すごく不自然に感じていました。

ある日思い切って「私たちには雑談が圧倒的に足りない!!」

「だから雑談のためだけの時間を作りたいです!」と

上司に勝手に企画書を送りつけました(笑)

 

Amazonに入社して、この会社のいいところだなと思う点の1つに

やりたいことがあれば、どんどん提案してねと言う文化が

浸透していることがあります。

ひらめきや、ちょっとした思いつきで、

こうしてみようか、ああしてみようか、と言う思いつきを

すぐ口にしたがる私にとっては本当にありがたい。

そしてそれをきちんと評価してくれる社風に乗っかりました。

もちろん、アカン提案は「うーん、これはちょっと難しいかな」

とやんわり却下されますが。

 

現在、同じチーム内のメンバーたちと雑談のためのグループを作り

みんなが好き勝手に喋れる時間を定期的に開催しています。

まだまだ足りないなぁと思うこともいっぱいありますし、

そんなことより本来の業務のスキルアップを図りなはれ、

という思いもあるのですが、

私にできることをやっていけばいい、と半ば開き直りのようであり

半ば私らしくいるための立ち位置のようなものを

見つけた気分にもなりつつあります。

 

まだ入社4ヶ月の私ですが、1つ1つ壁を超えて

きっとこれからもどんどんやってくる壁を前に

凹んだりもするのでしょうが、

まぁ何とか攻略してみようと、手を替え品を替え

やって行くことになるのでしょう。

 

私がラジオの世界で身につけた最大といってもいいスキルは

反省はするけど、長く落ち込まない、ということです。

ラジオの世界に入ったばかりの頃、

生放送で失敗をし(それほど大きな失敗でなくても)、

1週間近く落ち込んでいたことがありました。

当時週に1回の生放送を担当していたので、

「落ち込んだまま次のオンエアが来てしまう!これはダメだ」

と必死になって気持ちを切り替えたことを覚えています。

 

週に4日の生放送を担当し、週末はイベントで司会をし、

というような仕事になっていくと、

そんなに長いこと落ち込んでいられません。

落ち込んで得をする人は誰もいません。

私は仕事の時は「いつもご機嫌さん」でいることを

モットーにしていますので、なおさらです。

そこで、失敗した後は、とことん反省をして、

なぜ失敗が起こったのか、どうすれば起こらなかったのか、

次に同じ状況になった時はどう対応するのかなど

自己分析だけはしっかり行って、

それが終わったら完全にピリオドを打つ!

 

それでも気分が晴れない時は、

好きな映画を見るとか、お酒を飲むとか、漫画を読むとか、

何でもいいから簡単で楽しいことをします。

それで終わり!

 

こういうスキルが身についたことは、今の仕事にもとても

役に立っています。

新しい仕事に就いてからも失敗は何度もしました。

失敗の報告書の書き方も上手くなりました。

そこを自慢するなって感じですが。

 

私の若い同期の中には

失敗することによって、以前から練っていた

素晴らしい提案があるにも関わらず

「あんな失敗した自分が、こんな提案をするのは良くない」

と口を閉ざしてしまう人もいます。

 

そんなんもったいなーーーい!!

と思うのです。

失敗は失敗。終わったことは取り戻せない。

そこから学んでいくしかない。

だからと言って、もっと環境を良くするための提案や

仕事に役立ちそうなアイデアを封印するなんて

そんな罰を自らに与える必要はないと思うのです。

 

 

こんな風に思えるようになったのは

私が歳を重ねたせいでしょう。

私も彼らくらいの歳の頃には、もっと別の考えをしていました。

 

だからチーム最年長、おばちゃんパワーを発揮して、

「もっとみんなどんどん声に出していこう!!」と

いう雰囲気を作って行くことは

私だからできる役割だと思います。

「色々失敗しているマミコさんも平気でやっているんだから

私も、僕もやっていいのだ」と思ってもらえれば

そんなに嬉しいことはありません。

 

と、仕事にも少しずつ慣れてきて、

どんどん面白くなってきたところで、

夫も今月頭に、もう1匹のニャンコの

イジーとともに札幌に引っ越ししてきました!

やっぱり2匹揃うと、愛おしさ10倍。全然違う性格だけど、それなりにうまくやっています。可愛いコンビ。

 

現在夫は沖縄の職場の有給消化中で、

来月からは札幌の新しい職場での仕事が始まります。

家族3人、ニャンズ2匹、雪に囲まれた

真っ白の街で、時々喧嘩もしますが

基本笑って暮らしています。

 

 

札幌はとても美しく、

暮らしぶりは合理的で便利。

優しい人が多くて、気持ちよい日々です。

 

ようやくブログに手をつけられるくらいの余裕が

取り戻せました。

次の更新がいつになるかはわかりませんが、

こちらでも時々綴っていけたらと思っています。

 

長い文章、読んでくださってありがとうございました。

 

2020年12月19日(土)雪の降る札幌より

新たなチャレンジ

皆様にお知らせです。

 

新型コロナウィルスのために、生活が変わった方も少なくないと思います。

私の生活も変わりました。

沖縄に移住した去年の10月時点では、ほぼ毎月1回か2回は

関西でイベントの司会などの仕事が決まっていました。

このペースで関西と沖縄を行ったり来たりしながら

2拠点生活をしていけたらいいなと思っていました。

 

しかし、残念ながら今年2月の後半以降、

予定されていた全てのお仕事がキャンセル、または延期となってしまいました。

 

沖縄でも海外から移住してきた子供たちが

なかなか日本の学校に馴染めない現実を知り、

そういう子供たちが集まれるフリースクールのようなものを作ろうと、

外国人ママさん達と計画をしていました。

しかし、子供たちが集まる場所を増やすことはリスクがあるということで、

この計画も頓挫してしまいました。

つまり、私がやりたかったことが

どんどんできない状況になってしまったのです。

 

 

そんな時、たまたま夫がある会社の求人広告を見つけてきました。

20年以上フリーランスで働いてきた私ですので、

会社勤めなんてできるのか?と半信半疑でしたが、

ものは試しと軽い気持ちで履歴書を送ってみました。

 

2ヶ月半ほどかけてオンラインでの筆記試験や複数回の面接などを受け、

どういうわけか内定を頂いてしまいました。

勤め先はアマゾン・ジャパンです。

 

詳しい業務内容は差し控えますが、

アマゾンに出品するお店のサポート的なお仕事です。

全く畑違いのお仕事で内定を得られた理由は、

カスタマーをまず中心に考えるというアマゾンの基本理念に、

私が長年ラジオのお仕事の中でモットーにしてきた

「リスナーさんの方を向いて仕事する」

という考えが合致したことしか思い当たりません。

つまり、ラジオのお仕事をやってきた中で

大切なことに気づかせてくれたリスナーさんたちのおかげなのです。

 

そして、勤務先なのですが、これが笑ってしまうほど極端でして。

 

なんと、札幌勤務になりました!!

沖縄県から北海道。日本の南端から北端への大移動です。

当面、私は娘と2人で札幌で暮らします。

いつになるか分かりませんが、

いずれ夫も札幌へ移るつもりで考えてくれています。

 

人事の方に確認した限りでは、

司会業やナレーターなどの声を使ったお仕事を副業とすることは

認めてもらえるとのこと。

延期という状態でスケジュールを抑えてくださっている

イベント関係の司会のお仕事などは、

変わらずやらせていただきます。

 

8月の20日に札幌に引っ越します。

そして8月後半からは、

20年以上振りの会社員としてのお仕事をスタートさせます。

 

いやぁ、人生何があるか分かりませんね。

1年前の今頃はラジオのお仕事を辞めて、

沖縄に行くことが決まっていました。

まさか世界がこんな風にウィルスの脅威にさらされるようになるとは

想像もできませんでした。

でも、状況が変わったのですから、そこに適応していかねばなりません。

 

沖縄に来たことは、娘のためでもあり、

とても必要なことだったと思っています。

沖縄に暮らしたことで、娘には世界各地の友達との出会いがあり、

アメリカと日本のミックスという彼女のアイデンティティの土台が

できたように感じます。

自分のバックグラウンドに誇りを持ち、

自分の得意なことを伸ばすことの大切さを、

娘は沖縄で学んだように感じています。

 

そして私自身も、長年暮らしていた奈良を離れて沖縄へ来て、

全く見ず知らずの土地でもなんとか暮らしていけるという

自信を得ることができました。

だから「沖縄から札幌へ移住」と聞くと

ちょっと仰々しく感じてしまうかもしれませんが、

私は意外と軽やかに引越しの準備を進めています。

 

沖縄の美しい海、大きな夕日、

そしてこの土地で出会った友達など、

さよならするのが寂しいことは色々ありますが、

やりたかったことを諦めてここで悶々と暮らすよりは、

新たな土地での新たなチャレンジに、今は魅力を感じています。

 

 

本来ならば、お世話になった皆様、

仲良くしてくださっている方々に

直接おひとりずつお伝えするのが筋ではありますが、

内定が出てから移住までに

私が希望している期間より3週間ほど早く札幌に来て欲しいという

アマゾン側の都合により、バタバタとしております。

このような形でお伝えする無礼をお許しいただければ幸いです。

 

 

個人的には、私の食べ物の好みに合っているのは

日本では北海道がナンバーワンだと思っておりますので、

非常に楽しみにしております(食べ過ぎ注意!笑)。

 

北海道の皆様、どうぞよろしくお願いします。

 

まさか40代の後半になって、

トロピカルな気候も雪国の気候も体験できるとは思っておりませんでした。

沖縄で突然降り出す土砂降りのスコールに驚いたり、

何度見ても「キレー」と声を出してしまうほどの美しい海の

すぐそばに暮らしたりしたことは、一生の思い出です。

 

そしてまた、新たな魅力を、新しい土地で見つけることを

ワクワクしています。

 

自分の人生ながら、おもろいなぁとニヤニヤしております。

きっとおばあちゃんになった時(その時私はどこにいるんでしょう?)、

人生の思い出話のネタは尽きないなと自負しております。

 

 

まだまだこれから!ワクワクする方向へ歩いていきます。

今後ともどうぞよろしくお願いします。

 

小谷真美子

沖縄の自然に励まされる日々

いよいよゴールデンウィークです。

これまでに経験したことのない、不思議なゴールデンウィーク。

 

私たちはどうなってしまうのだろうという不安、

いつ大切な人に会いに行けるのだろうという不安、

これからの暮らしをどう作っていけばいいのかという不安・・・

 

複雑な感情を抱えて過ごしている方が多いと思います。

もちろん私もその1人。

 

これまでなら、

ウェーイ!ゴールデンウィーク!とばかりに

どこへ遊びに行こうか、誰と会おうか、

とワクワク迎えていた日々が、

家でどんな風に過ごそうかばかり考える日々になっています。

 

ラジオでおしゃべりしていた頃は、

ゴールデンウィークのお出かけ情報を伝えたり、

音楽イベントをご紹介したり、

スペシャルプログラムを担当したり、

このお休みをいかに楽しいものにできるかという

情報ばかり探して、

お届けしていたように思います。

 

 

綺麗事を言うつもりはなくて、

心の中では

「あーーー、思い切り好きな場所に出かけて遊びたい!!」と

叫んでいる私がいます。

 

ただ、この限られた暮らしの中でも

ものすごくエネルギーをくれる存在に気づけたことも事実です。

 

どうしても運動不足になりがちなので、

夕方、人の少ない道を選んでひたすら歩くということを

ちょくちょく行っています。

 

そこで出会う風景は、命そのもの。

 

沖縄に暮らすようになって気づいたのは

自然の圧倒的な生命力の強さでした。

海が美しいのは言わずもがななのですが、

暮らしのすぐ近くにある植物たちからも

とてもたくましさを感じました。

 

歩きながら、時々写真を撮っています。

ゴールデンウィークにお出かけが出来ない方に

ちょっとだけ、沖縄の自然をおすそ分けしますね。

 

ちょっと前に買ったばかりの白いスニーカーで出発!

 

何でもないお花や植物たちばかりですが、

一生懸命生きている姿がとても強くて

励まされました。

おまけ。

ユーモアから見える現状

緊急事態宣言が発出され、

ピリピリした雰囲気もありますが、

ちょっと違う視点でこのコロナウィルスの現状を

書いてみようと思います。

 

というのも、私の義父・義母は

コロナウィルス感染のホットスポット

アメリカで自宅引きこもり生活を続けています。

買い物も近所の若い人たちが行ってくれているということで

文字通り一歩も家から出ない日を続けています。

 

そんな義父から「ちょっと笑いもいるよね」と

メッセージをもらいました。

義父の友人が集めた、コロナウィルスに関する

アメリカ人のユーモアあるつぶやき集です。

 

例えば

*1

I used to spin that toilet paper like I was on Wheel of Fortune.

Now I turn it like I’m cracking a safe.

(前はトイレットペーパーを使うとき、抽選会用のホイールみたいに

ぐるぐる回して使っていたけど、今は金庫を開けるノブみたいに

細かくちょこちょこっと回してる)

 

Wheel of Fortune、こんなのですね。

 

*2

Still haven’t decided where to go for Passover

—– The Living Room or The Bedroom

(パスオーバーというユダヤの記念日に

どこに食べに行くかまだ決めていない。

・・・リビングか、寝室か)

 

 

*3

Home-schooling is going well.

2 students suspended for fighting

and 1 teacher fired for drinking on the job.

(家庭内学習はうまくいっている。

2人の生徒は喧嘩で停学中。

1人の先生は仕事中に飲んで解雇)

 

 

*4

Quarantine Day 5:

Went to this restaurant called THE KITCHEN.

You have to gather all the ingredients

and make your own meal.

I have no clue how this place is still in business.

(隔離生活5日目:

「台所」という名のレストランに行く。

全部食材を集めて、自分でご飯を作らねばならない。

このレストランがまだ営業中なのが信じられない)

 

 

*5

My body has absorbed so much soap and disinfectant lately

that when I pee it cleans the toilet.

(私の体はすごい量の石鹸と消毒薬を吸い込んでるから

トイレでおしっこしただけで、トイレが綺麗になるわ)

 

 

*6

I’m so excited — it’s time to take out the garbage.

What should I wear?

(超ワクワクしているの!ゴミを出しに行く日だ。

何を着ようかしら)

 

 

*7

Day 6 of Homeschooling:

My child just said “I hope I don’t have the same teacher next year”

…. I’m offended.

(家庭内学習6日目:

我が子に言われた「来年も同じ先生じゃあなければいいなぁ」。

ムカつく)

 

 

などなど。

あはは、想像できるわーというものもあれば、

それこそ、散歩に出ることもままならない、

1歩も家から出ない暮らしをリアルに感じるものもあって

その厳しさが伝わってきます。

 

私たちがもしその暮らしを強いられることになったら

どんな風になるのだろう。

そんなことを考えながら読みました。

 

今日の沖縄は気持ちの良いお天気。

朝から3回洗濯しましたが、どんどん乾いていきます。

この気持ちのいい空気だけ吸っていると

ロックダウンされた暮らしがどこか遠い場所で

起こっている出来事のように思ってしまいがちですが、

私たちもできる限り、外出はしないほうがいい。

沖縄県知事からも県民に対して

不要不急の外出を控えるようにというお達しが出ました。

 

自粛自粛でストレス溜まるー!!

と不満ばかり口にしそうになりますが、

これ以上状況が苦しくならないように、

今、我慢のしどきですね。

卒業式と小麦粉と

卒業式シーズンですね。

今年はコロナウィルスの影響で、保護者や在校生の参加できない

卒業式も多く、寂しい思いをしている方も多いと思います。

 

うちの娘はインターナショナルスクールに通い始めたので

卒業シーズンは夏。

でも一応、籍は地元の小学校に置いているので

地元の小学校の卒業式には参加する予定です。

 

 

沖縄で車を運転していると、最近よく見かけるのが立て看板。

「卒業式での花束などの贈り物は禁止します ○○中学校」

というようなことが書かれています。

 

 

それと、この時期お買い物に行くとあちこちで

お菓子で作られたレイが売られています。

 

何に使うのだろう?と思っていたら、

これは卒業生へのプレゼントとして使われるのだとか。

 

沖縄では卒業生に、家族や友人からお菓子のレイや花束を

プレゼントするという風習があるらしく、

そのためのレイなんだそうです。

 

ただ、花束やレイをもらえる子もいれば、

もらえない子もいるので、禁止する学校が増えたのだとか。

なるほど、それであの立て看板なのかと納得しました。

 

 

そして先日、量販店のレジでこんな表示を見つけました。

 

 

未成年者への小麦粉の販売自粛?

中学校卒業式まで?

 

?????

 

はい。早速調べました。

 

沖縄の卒業式には「メリケン粉投げ」という伝統?があるんですって。

 

卒業生たちが大量の小麦粉を投げ合って、

全身雪まみれのように、真っ白けになっちゃうという・・・。

 

 

最近は自粛や禁止するところも増えたため

随分減ったようですが、

今でも時々行われているところがあるそうです。

数十年前は小麦粉に加えて卵まで投げていて、

制服が大変なことになっていたなんて話も。

 

お好み焼き作るんじゃないんだから!

勿体無い!

粉もん文化の関西人としては、もやっとするぞ。

 

 

しかも後片付けを想像したら、大変そうで震える・・・。

 

でも実は後片付け以外にも問題があって、

小麦粉を買う代金を卒業生が後輩から集めたり、

ひどい時は小麦粉代名目でカツアゲしちゃったり、

という時代もあったんだとか。

 

 

ヒー。そりゃあかんわ。

 

というわけで、沖縄暮らしも半年近くなってきましたが、

いまだにびっくりすることがいっぱいです。

 

コロナウィルスで大変なことになっている時期ですし、

とにかく、無事に卒業式を迎えられることだけ祈っています。

悩めよ乙女

2020年1月6日(月)。

今日から仕事始めという方も多いのでしょうね。

 

沖縄の大動脈でもある国道58号線には

「初荷」という赤い幕をつけたトラックが連なっていました。

 

おめでたいような、華やかな雰囲気が届いてきて

私の顔もほころんでいました。

 

 

そんな今日、娘の学校も3学期スタートです。

小学校生活最後になる学期です。6年生の3学期。

まぁ、この時期の子供は思春期真っ只中でややこしい

とも言えるわけで、娘も娘なりの凸凹と格闘しております。

 

 

彼女は5年生の時に、

生まれ故郷の奈良で、人種差別やイジメに晒されました。

アメリカ人の父親がいるというだけで

なぜ彼女の人格が否定されるような傷つけられ方をするのか

子供心に何度も考えたと思います。

 

 

そして沖縄に移住をして、

外国にルーツを持つお友達がたくさんできました。

彼らと一緒にいる時が1番楽だと娘は言います。

なぜなら、自分のままで居られるから、と。

私から見ても、彼らと一緒にいる娘は

自分が正しいと思うことを躊躇なく表現することができて

伸び伸びしているように見えます。

 

 

一方で、地元の公立の小学校に通う娘の

同級生のほとんどは、島生まれ、島育ちの子です。

私たち家族とは、暮らしてきた環境も知識も文化も違います。

私にはその違いが面白くて、色々調べてみたり、

地元の人に教えてもらったりすることを楽しんでいます。

だってこういう文化や環境の「違い」を知れば知るほど

自分の幅が広がって、価値観の多様性にも気づくチャンスが

増えますよね。なんとありがたい経験か。

40代後半になっても、まだまだ学びの日々です。

 

 

でも、最近気になるのは

子供達の中で蔓延する「同調圧力」。

みんなと同じじゃなきゃダメだ、というプレッシャー。

いつから子供たちはこんな不自由になってしまったのでしょう。

奈良にいても、沖縄にいても同じようなことを感じます。

 

 

 

沖縄生まれ、沖縄育ちの子が多いクラスの中で

「みんなと同じ」でいることは、奈良で生まれ育ち、

沖縄暮らしはまだ数ヶ月、という娘にとって

不可能でしかありません。

知識も足りなければ、経験してきたことだって違います。

もちろん親として私が娘に沖縄の文化を

教えられるはずもありません。

だから「同じであること」を期待されても、それに

応えることはまだまだ難しいわけです。

 

 

加えて、一部の人に限りますし、

ある程度の覚悟はしていましたが、

私たち一家が本土から来た、というだけで不快な人も

残念ながらおられるそうです

(地元の方が「そういう人は一定数いる」と教えてくれました)。

子供達の中にはその不快感をストレートに表現する子もいます。

もちろんそれはおかしいよと、

娘をかばってくれる子もいます(ありがたい!)。

 

 

同調圧力、そして「よそ者」扱い・・・。

こうしたチクチクに晒されることもありつつ、

娘がありのままで一緒に過ごせる友達に助けてもらいながら

暮らしています。

 

 

そんな娘と昨夜ゆっくり語り合う中で

実感したことがありました。

あぁ、この子は今、自分というアイデンティティを作る

真っ最中なのだなぁと。

 

「○○さんのおじちゃんはすごくすごくいい人で

とても優しいけど、怒った時なんかは特にキッツイ言葉遣いで

あれは真似したくないなぁと思う」とか

「△△さんは勉強家だし、努力もすごくしているのが伝わる。

ただ、なんとなく視野が狭い気がするんだよね」

などと、生意気発言全開で、

周りの大人を分析しています。

 

 

私もそうだったなぁと思い出しました。

将来、子供に「早くしなさい」と言う大人にはならないと

せっかちな母を見て思ったり。。。

というのも当時の私はすごくノロマで、

何をするのにも時間がかかっていました。

母は私に「早く」と言い、当時の私は

「これでも急いでるのに!」と思っていたのです。

当時の私も、今の娘と同様、

身近な大人に対しての批判的な目を持ちながら

自分はどんな大人になりたいかを考えていたのでした。

とか言いながら、実際は娘に「はーやーくーーー!!」とか

言っちゃう母になってしまってますが。とほほ。

 

 

この1年半ほどの間は、娘にとって

ユダヤ系アメリカ人と日本人の両親に生まれた自分、

本州、関西で生まれ育った自分、

ということを、嫌が応にも実感させられる日々だったはずです。

しかも「周りと違う」という理由で始まる嫌がらせのせいで。

それは彼女を苦しめ、自己肯定力を下げることもありました。

 

何度も娘は言っていました。

「なんで同じじゃなきゃいけないの?」と。

私は常々、エースの4番ばかり9人集めたって、

野球チームとして成り立たない!と言います。

足の速い選手、投げるのが得意な人、大きな声で応援できる選手、

など色々な人がいるからいいチームになるんじゃないの?って。

補え合えるから、強くなれるんじゃないの?って。

だから「みんな同じでいることが良い」と思うなんて

ナンセンスだ!!という考えのもと、子育てをしています。

まぁ、そんな親に育てられている娘に「みんな同じ」を

求めても、できませんよねぇ。

もともと個性の強いタイプだし。

そして大人になれば、その「違い」を活かすことができる。

その「違い」を認めてくれる人はもっと増えるよと

ずっと娘には伝えています。

 

彼女にとって、どの地に暮らしても

この思春期は決して楽な時期ではないのかもしれません。

でも、「自分ってどういう人なのか」

「どんな大人になりたいのか」ということを

具体的に考え始める年齢になってきた彼女には、

ここまで経験してきた「違い」を実感する出来事が

自分を客観視する目線に繋がっているのだなとも感じています。

 

 

そうやってアイデンティティを築いていけばいいのさ。

もちろん今「こういう大人になりたいな」という思いは

成長するに従ってどんどん上書きもされていくし、

結果的にはイメージしていた大人と全然違うタイプに

なるのかもしれない。

でも、そのプロセスが自分を作っていくのだよ。

だから、しっかり悩めよ乙女。

 

私はそんな風に娘を眺めています。

 

 

 

助けてくれる友達、理解し合える仲間を大切にしてほしい。

人生はやり直しが効くし、正解不正解だけで判断なんてできない。

まだまだ迷ったり、Uターンしたり、

地図を広げて立ち止まったりすることだらけだと思うけど、

それも大切なプロセス。

最短距離で歩こうとしなくていいよ。

 

 

なんてことを思っています。

私だってええ歳なのに、未だ迷ったり転んだりしています。

決して器用なタイプとは言えない娘は、これからの人生

途方に暮れてしまうことも何度もあるでしょう。

逆に調子に乗って周りの風景を見ることなく暴走することも

ありそうです(笑)

 

そんな時、

真横を伴走して地図を一緒に見てあーだこーだ言う親よりは、

道を照らす街灯になったり、

足を止める石ころになったり、

その程度の存在で見守っていける親でいたいなと思います。

彼女の人生の道は彼女が歩くものですから。

 

 

「家族は文化の最小単位」と、

大学の家族社会学の授業で習いました。

今はその言葉の意味が実感できるようになりました。

夫が両親から受け継いだ文化、

私が両親から受け継いだ文化、

それが合わさって我が家の文化になっていき、

それが娘の文化になっていく。

 

だから、誰かと同じなんてことはあり得ないのです。

だけど、誰かと違うから、混じり合うことができない

ということでもないと思います。

「違い」は楽しむことも、愛することも、面白がることも、

そして融合して何か別のものを生み出すこともできると

私は信じています。

 

娘が将来誰かと出会って、家族になる日が

来るかもしれません。

その時はその人と一緒に彼らの文化を作っていくことになるでしょう。

 

そして私はその時、私とはまた違う文化を作り出した娘のことを

面白がり、誇りに思うに違いありません。

あけましておめでとうございます

2020年、明けました。

明けて3日目で、ようやくこちらで新年のご挨拶です。おそ。

 

2020年、ちょっとずつ新しいことを始めていこうと思っています。

その1つとしてビデオ日記を始めることにしました。

 

日記、と言っても

新年のご挨拶を1月3日になってからアップする女ですから、

毎日アップするはずがございません。

時々だけど日記です。

 

昨年9月末にラジオのお仕事を離れてから、

今日に至るまで、本当にたくさんの方からSNSなどを通じて

メッセージをいただいております。

その中には本当に本当にありがたいことに

「真美子さんの声が聴けなくなって寂しい」というものが

とてもたくさんありました。

みなさん、優しい。本当にありがとうございます。

 

ラジオの電波を通してという形ではありませんが、

今や誰もが発信できる、世界77億人 総メディア社会です。

というわけで、私もあんまり使っていないYouTubeアカウントを使い

このサイトに私の小さな日常を写したビデオを時々UPしていきます。

 

というわけで、第一弾はこれ!

Happy New Year from Okinawa 2020

 

本年もどうぞよろしくお願いします。

 

小谷真美子

ジローデビュー

最近うちのニャンコ、イジーさんが粗相をしましてね。

時々やるんです。ストレスかなぁ。

前は引越しでどんどん家の中の様子が変わって行く時に

何度か立て続けにやられました。

 

今回は、雨が降ったり強風だったりで、

窓さえ開けてあげられない日が続いたので

ベランダでゴロゴロするのが大好きなイジーさんは

ストレス溜まったのかなぁ。。。

(昨日から晴れ間が戻ったので、早速ベランダを楽しんでます)

 

 

イジーが粗相するのは、いつも布団の上(泣)。

今回は娘の布団の上でした。

その直前に、年下のお友達がうちに遊びにきて、

娘の布団の上にお茶をこぼしました。

お茶と猫の粗相のダブルパンチ。

 

もう悲惨。。。

わっるい顔しとります・・・

 

というわけで、行ってきました「フトン巻きのジロー」

 

 

ご存知ですか?ジロー。

 

なんて偉そうな言い方してますが、私も半年前くらいに知りました。

テレビで「今勢いのあるコインランドリー」として

紹介されていたのです。

なんでも沖縄発の会社で、

布団を丸ごと洗って乾燥させる洗濯乾燥機があること、

布団のワタがよれないように

布団を巻くというやり方が画期的なこと、

などが紹介されていました。

 

お布団丸洗いのお店は他にも色々ありますが、

敷布団を「巻いて」「洗う」というフトン巻きは

商標登録出願済みの、フトン巻きのジローオリジナルだそうです。

 

沖縄は梅雨時の湿度も高いし、きっと需要あるだろうなぁと

思っていましたし、布団を丸ごと自分で洗えるのって

やっぱり気持ちよくて嬉しいもの。

 

最近沖縄以外の地域にも出店が増えてきていますが

(今のところ、関西には無いみたいです)、

沖縄には30店舗もあるというフトン巻きのジロー。

我が家の近くにもあるので、近々行くつもりではいました。

 

で、娘のお布団が大惨事になったので、「ヘルプミー!ジロー!」と

出かけてきました。

 

持って行ったのは、掛布団1枚と敷布団3枚。

 

広々した明るい店内には大きなテーブル。

このうえにお布団を置いて巻き巻きするんです。

 

お店のクルーの女性に「巻く必要がある布団かどうか」を

見定めてもらいます。

キルティング加工のない敷布団は、巻かねばなりません。

中綿のヨレを軽減するためです。

 

縦長に3分の1サイズに折りたたんで、

マジックテープ様のスペシャルバンドで5箇所ほど

ぎゅっと縛ります。

巻き寿司を超拡大した様な、縦長ロールのお布団の出来上がり。

これを、ドラム式洗濯機の中の、ドラムに沿わせる様に

入れて、洗濯スタート。

 

洗濯が終わったら、乾燥させる前に1度取り出し、

中のワタを均等にしてから、また縦長に巻いて、乾燥機へ。

30分ほど乾燥させたら、また取り出して今度は反対方向に巻いて

さらに乾燥させると乾きが早い、

といった技を、お店のクルーのお姉さんが教えてくれます。

セルフサービスのお店なのですが、

そのクルーのお姉さんは一緒に布団を巻いてくれたり

洗濯機にセットしてくれたり、いっぱい手伝ってくれました。

 

プリペイドカードは値段に応じて最大20%分余分に

金額が付いてくるので、お得ですよー

なんていう営業もしつつ手伝ってくれたお姉さん。

プロの仕事っぷり、素敵でした。

 

思わず嬉しくなって

「私ね、最近関西から引っ越してきたんですが、

関西にいるときにフトン巻きのジローのことをテレビで見て

沖縄に行ったら絶対洗いにこようと思ってたんです。

今日が初ジロー!(笑)」なんて雑談までしちゃったりして。

 

洗い終わった布団は、除湿できるお部屋にしばらく置いてくれて

出来るだけ乾燥させてくれました。

「お家に戻ってからもしばらく干しておくとよりカラッとしますよ」

とアドバイスもらい、

帰ってからさらに天日干し。

おかげでふんわり綺麗な布団になりました。

 

お姉さんが惜しみなく教えてくれて、手伝ってくれたおかげで

私もすっかりジロー通(笑 ほんまかな)。

 

うちの娘は、ハウスダストアレルギーがあるので

マメにジローで洗っておくといいなぁ。

また行こう。

 

サンキュー・ジロー。

シーユー・ジロー。

 

と、ここまで書いて、

やっぱりネーミングって大事だなぁと改めて思いました。

 

お店のコンセプトも、

お店で働く人も素晴らしかったので

人気があるのにも納得なのですが、

例えば「フトンクリーン」とかいうシンプルな名前の

コインランドリーだったら、

同じやり方でもここまで流行っただろうか。

 

固有名詞なんて、今やなかなか覚えられない私が

フトン巻きのジローはすぐに覚えましたもの。

覚えていたら、検索もするし、グーグルマップでも確認するし。

行ってみるためのハードルがぐっと下がりますよね。

やっぱり名前って大事です。

キャッチーだもの。ジロー。

Birthday Party in Okinawa

11月生まれの娘は今月めでたく12歳になりました。

小学校低学年頃までは

お友達を呼んでお誕生日会をやったりしていましたが、

その後は自然消滅。

私が仕事でバタバタしていたのも1つの原因ですし、

娘が学校でうまくいかなくなってしまったのも1つの原因。

 

だからここ数年のお誕生日は、家族でお祝いするだけでした。

 

沖縄に来て仲良くなったお友達から

「沖縄の子はお誕生日パーティーを結構しっかりやるんだよ」と

教えてもらった娘。

彼女の記憶には小さかった頃にお誕生日パーティーをした時のことは

ほぼ残っていません。

あぁ、あんなに頑張ったのに。オカンの努力、記憶に残らず。

むなしいぜ・・・。

 

 

それならば、ちゃんと記憶に残るであろう、小学校生活最後の誕生日に

ちゃんとお友達呼んでパーティーをしようじゃないか!と

私ちょっとだけ奮起しました。

先週末、11月16日(土)に

我が家で娘のバースデーパーティーを開くことを決定!

 

 

「あなたがやるべきことは、

誰を呼ぶか決めて、その子たちの予定が大丈夫か確認すること。

そして、参加人数を私に伝えること」。

 

すると「招待状を作りたいから、材料買いに連れて行け」と。

こういう小銭をちょくちょく使うね、女子は。。。

そして早速お友達を1人家に連れ込み(笑)

「招待状」なるものを手作りしていました

(その、お手伝いしてくれたお友達が、急に都合悪くなって

参加できなくなったと言う残念な展開となってしまったのですが)。

 

 

そして集合時間の1時間半前に、1番近所に住む仲良しが

「飾り付けを手伝いに来た!」と登場。

娘と2人で、せっせとクリスマスツリーを飾ったり、

風船をいっぱい膨らましてメルヘン空間にしたり、

頑張ってパーティールームを作ってくれました。

 

 

急なお誘いにも関わらず、誕生日パーティーには

4人のお友達が来てくれました。

 

娘が考えたプランは

・ みんなでランチ

・ みんなで遊ぶ

・ 映画鑑賞の時間(何を見るかは当日みんなで多数決)

 

と言うスケジュール。

ざっくりしとんなー。

 

ついでに、

映画鑑賞の時間に、誕生日ケーキを食べるから!とのお達し。

 

ランチのメニューは娘が

「美味しいフライドチキンを作ってたもれ」

とのご要望だったので、私、鶏肉1.5キロ揚げましたとも。

 

で、このレシピが最高に美味しいので、

本当にオススメなのです。

カーネルサンダースもビックリなフライドチキン

↑コタニマミコドットコムの姉妹サイト「アス飯前!!」に

レシピ掲載しております。

某ケン○ッキーフライドチキンみたいな風味で、

某ケンタッ○ーフライドチキンより脂っこくないよ!

 

あとは、ピラフと、ほうれん草のポタージュスープ。

 

そして久しぶりに今回ケーキも焼いてみました。

この時期いちごは手に入りにくいので

(入っても目玉飛び出すような値段。

沖縄は輸送費もかかるのでさらに高い)、

トッピングのフルーツには、

ゴールデンキウイ、オレンジ、ブルーベリーを使用しました。

これだけ果物使ったら、いちご買ったほうが安上がりだったのでは

と言う疑念は、この際封印しておくれ。

 

 

お友達からたーくさんの可愛いプレゼントもいただき、

娘はめっちゃ嬉しそう。ありがたい限りです。

ご飯の後は、思い思いに楽しく遊んだ彼女たち。

 

多数決で決めると言ってた映画鑑賞は、

ホラーを観たい人たちと

平野紫耀くん的ラブコメを観たい人の小競り合いがあり、

ホラーに落ち着いたものの、

結局怖くなって途中でみんな部屋から出て行ってしまって

気づけば真っ暗な部屋に怪しい洋館がボワっと浮かび上がる

我が家のテレビが1番ホラーやんかと黙ってワタクシ

テレビを消した、なんてこともあったっけ。

ごめんよ、平野紫耀くん。

最初から君にしておけばよかったのかもね。

 

そしてさらなるホラーは、

たった3時間ほどで荒れに荒れた我が家のリビングルーム。

写真を撮っておかなかったのが悔やまれてなりませんが、

言うならば「10人でテキーラ1ダースを開けながら

飲んで食べての大騒ぎのパーティーをしたそのまま

雑魚寝してしまった翌朝、二日酔いとともに観た光景」

くらいの部屋になっておりました。

 

どないしたらこんなに荒れるねーん。天才か。

 

「次に遊ぶ前に、ちょっと片付け手伝って!」と

もはやバースデーパーティーの体をなさない指令を出すオカン。

みんなテキパキ動いてくれて、大助かり。

テキーラで泥酔した二日酔い野郎どもとは違って

若い女子たち(シラフ)の動きはキレキレで、

すぐに片付きました。

 

 

その後、途中で帰った組と、

夕方まで残った組になりましたが、

残ったメンバーでなんと「今から水風船で遊ぶ!」と

家の前で水風船でびしょ濡れになるまで大騒ぎした女子たち。

ついでに水鉄砲も使ってギャーギャー言ってました。

そのまま、お風呂に入って温まって、解散。

11月の沖縄、水風船で遊べますよ。あったかいなぁ〜。

 

 

と言うわけで、予定は色々と変更になりましたが、

沖縄での初めてのバースデーパーティーは楽しく賑やかなものになりました。

 

後で聞いたところ、

沖縄はアメリカ文化がいっぱい残っているから、

お誕生日パーティーもアメリカ的。

4人しか呼ばないなんて少なすぎる!とのことでした。

 

 

来年は私、鶏肉5キロくらい揚げることになるんやろか。。。

風の強い日

私が沖縄に来てから、ほとんどお天気のいい日ばかりです。

11月の沖縄、最高です。

(他の時期の沖縄をよく知らない私が言うのもなんですが)

暑すぎず、寒すぎず、爽やかで、お天気もいい。

来るなら11月でしょー。

また別の季節にも似たようなこと言ってるかもしらんけど。

 

 

今日は、沖縄に来てから1番風が吹き荒れている日かもしれません。

これまでも風が強いことは時々ありましたが、

朝から吹き荒れていても、昼には収まっていたのです。

今日は明け方からずっと強い風。風速12メートルくらいかな。

 

風速がどれくらいかなんて、

沖縄に来るまであまり気にしていませんでした。

気にしていたのは、台風の時くらいです。

でも、普段から割と風の強く吹く沖縄では、風の予報も大事。

「windy」と言うアプリを入れました。

ピンポイントで風向きや風速などの予測をしてくれます。

 

 

奈良から引っ越してくる時に、不要なものを色々処分したのですが

夫から「これは処分して」と言われたものの中に

物干し台と、物干し竿がありました。

「そんなのベランダに置いていたら飛んでしまう」と。

 

物干し台代わりの棒がベランダに突き出ていて、

そこに物干しロープを引っ掛けて、洗濯物を干すと

風でも飛びにくいと教えてもらいました。

 

沖縄の100円ショップにたくさん売っている洗濯ロープ。

平たいヒモ状になっていて、ヒモはメッシュのように織られています。

そのメッシュの隙間にハンガーを通して干すと安定するのです。

風が強い時はこのハンガーを洗濯バサミで止めるとさらに安心。

 

確かに今日のような強風の日に、物干し竿は危険。

間違いなく飛んで行って窓ガラス割るとか、

近くの物を壊すことになってしまうでしょう。

今日はバルコニーに出るのが好きな我が家のニャンコ達も

室内に閉じ込めています。

君たち軽いからフワーッと飛んで行っちゃうよ(少々話盛りすぎ)。

 

いや、でも、ホンマに

今日はベランダのゴミ箱もサンダルも飛ばされました。

この分だと、猫だって(だから盛りすぎ)。。。

 

 

話は変わり、最近図書館通いをしています。

関西にいた時は、通勤に持ち歩きやすい軽い本をと、

文庫本かkindleばかりでした。

でも今は家でゆっくりページをめくることもできるので、

大きな図鑑とかも借りてます。

比較対象にリンゴを置いてみました(笑)

 

 

まみさんぽもやってます。

最近の散歩で気づきましたが、うちの近所に野生のバナナ。

 

沖縄の子供達は、外で遊んでいる時に

おやつ代わりに野生のバナナを食べることもあるんだとか。

奈良の子にとっての柿みたいなイメージですかね。

甘いと思って、渋柿食べたら泣きますが。

バナナはそんな心配もないからいいね。

 

 

そしてお買い物に行くと

いたるところで目にするようになったのが

首里城の支援募金。

復興には技術面でも物資面でもかなり困難がありそうですが、

1日も早く復活して、沖縄にパワーを振りまいてほしいものです。

 

 

最後におまけ。

お買い物先にいた、ペッパー君。

どうした?落ち込んでる?

うなだれペッパー。しょぼん。

 

思わず隣に行って、肩を抱いてやりたくなりました。

「悩みならいつでも聞くぜ」って。

やってないけど(笑)

 

 

 

私はうなだれることもなく、元気に生きてますよ。