悩めよ乙女

2020年1月6日(月)。

今日から仕事始めという方も多いのでしょうね。

 

沖縄の大動脈でもある国道58号線には

「初荷」という赤い幕をつけたトラックが連なっていました。

 

おめでたいような、華やかな雰囲気が届いてきて

私の顔もほころんでいました。

 

 

そんな今日、娘の学校も3学期スタートです。

小学校生活最後になる学期です。6年生の3学期。

まぁ、この時期の子供は思春期真っ只中でややこしい

とも言えるわけで、娘も娘なりの凸凹と格闘しております。

 

 

彼女は5年生の時に、

生まれ故郷の奈良で、人種差別やイジメに晒されました。

アメリカ人の父親がいるというだけで

なぜ彼女の人格が否定されるような傷つけられ方をするのか

子供心に何度も考えたと思います。

 

 

そして沖縄に移住をして、

外国にルーツを持つお友達がたくさんできました。

彼らと一緒にいる時が1番楽だと娘は言います。

なぜなら、自分のままで居られるから、と。

私から見ても、彼らと一緒にいる娘は

自分が正しいと思うことを躊躇なく表現することができて

伸び伸びしているように見えます。

 

 

一方で、地元の公立の小学校に通う娘の

同級生のほとんどは、島生まれ、島育ちの子です。

私たち家族とは、暮らしてきた環境も知識も文化も違います。

私にはその違いが面白くて、色々調べてみたり、

地元の人に教えてもらったりすることを楽しんでいます。

だってこういう文化や環境の「違い」を知れば知るほど

自分の幅が広がって、価値観の多様性にも気づくチャンスが

増えますよね。なんとありがたい経験か。

40代後半になっても、まだまだ学びの日々です。

 

 

でも、最近気になるのは

子供達の中で蔓延する「同調圧力」。

みんなと同じじゃなきゃダメだ、というプレッシャー。

いつから子供たちはこんな不自由になってしまったのでしょう。

奈良にいても、沖縄にいても同じようなことを感じます。

 

 

 

沖縄生まれ、沖縄育ちの子が多いクラスの中で

「みんなと同じ」でいることは、奈良で生まれ育ち、

沖縄暮らしはまだ数ヶ月、という娘にとって

不可能でしかありません。

知識も足りなければ、経験してきたことだって違います。

もちろん親として私が娘に沖縄の文化を

教えられるはずもありません。

だから「同じであること」を期待されても、それに

応えることはまだまだ難しいわけです。

 

 

加えて、一部の人に限りますし、

ある程度の覚悟はしていましたが、

私たち一家が本土から来た、というだけで不快な人も

残念ながらおられるそうです

(地元の方が「そういう人は一定数いる」と教えてくれました)。

子供達の中にはその不快感をストレートに表現する子もいます。

もちろんそれはおかしいよと、

娘をかばってくれる子もいます(ありがたい!)。

 

 

同調圧力、そして「よそ者」扱い・・・。

こうしたチクチクに晒されることもありつつ、

娘がありのままで一緒に過ごせる友達に助けてもらいながら

暮らしています。

 

 

そんな娘と昨夜ゆっくり語り合う中で

実感したことがありました。

あぁ、この子は今、自分というアイデンティティを作る

真っ最中なのだなぁと。

 

「○○さんのおじちゃんはすごくすごくいい人で

とても優しいけど、怒った時なんかは特にキッツイ言葉遣いで

あれは真似したくないなぁと思う」とか

「△△さんは勉強家だし、努力もすごくしているのが伝わる。

ただ、なんとなく視野が狭い気がするんだよね」

などと、生意気発言全開で、

周りの大人を分析しています。

 

 

私もそうだったなぁと思い出しました。

将来、子供に「早くしなさい」と言う大人にはならないと

せっかちな母を見て思ったり。。。

というのも当時の私はすごくノロマで、

何をするのにも時間がかかっていました。

母は私に「早く」と言い、当時の私は

「これでも急いでるのに!」と思っていたのです。

当時の私も、今の娘と同様、

身近な大人に対しての批判的な目を持ちながら

自分はどんな大人になりたいかを考えていたのでした。

とか言いながら、実際は娘に「はーやーくーーー!!」とか

言っちゃう母になってしまってますが。とほほ。

 

 

この1年半ほどの間は、娘にとって

ユダヤ系アメリカ人と日本人の両親に生まれた自分、

本州、関西で生まれ育った自分、

ということを、嫌が応にも実感させられる日々だったはずです。

しかも「周りと違う」という理由で始まる嫌がらせのせいで。

それは彼女を苦しめ、自己肯定力を下げることもありました。

 

何度も娘は言っていました。

「なんで同じじゃなきゃいけないの?」と。

私は常々、エースの4番ばかり9人集めたって、

野球チームとして成り立たない!と言います。

足の速い選手、投げるのが得意な人、大きな声で応援できる選手、

など色々な人がいるからいいチームになるんじゃないの?って。

補え合えるから、強くなれるんじゃないの?って。

だから「みんな同じでいることが良い」と思うなんて

ナンセンスだ!!という考えのもと、子育てをしています。

まぁ、そんな親に育てられている娘に「みんな同じ」を

求めても、できませんよねぇ。

もともと個性の強いタイプだし。

そして大人になれば、その「違い」を活かすことができる。

その「違い」を認めてくれる人はもっと増えるよと

ずっと娘には伝えています。

 

彼女にとって、どの地に暮らしても

この思春期は決して楽な時期ではないのかもしれません。

でも、「自分ってどういう人なのか」

「どんな大人になりたいのか」ということを

具体的に考え始める年齢になってきた彼女には、

ここまで経験してきた「違い」を実感する出来事が

自分を客観視する目線に繋がっているのだなとも感じています。

 

 

そうやってアイデンティティを築いていけばいいのさ。

もちろん今「こういう大人になりたいな」という思いは

成長するに従ってどんどん上書きもされていくし、

結果的にはイメージしていた大人と全然違うタイプに

なるのかもしれない。

でも、そのプロセスが自分を作っていくのだよ。

だから、しっかり悩めよ乙女。

 

私はそんな風に娘を眺めています。

 

 

 

助けてくれる友達、理解し合える仲間を大切にしてほしい。

人生はやり直しが効くし、正解不正解だけで判断なんてできない。

まだまだ迷ったり、Uターンしたり、

地図を広げて立ち止まったりすることだらけだと思うけど、

それも大切なプロセス。

最短距離で歩こうとしなくていいよ。

 

 

なんてことを思っています。

私だってええ歳なのに、未だ迷ったり転んだりしています。

決して器用なタイプとは言えない娘は、これからの人生

途方に暮れてしまうことも何度もあるでしょう。

逆に調子に乗って周りの風景を見ることなく暴走することも

ありそうです(笑)

 

そんな時、

真横を伴走して地図を一緒に見てあーだこーだ言う親よりは、

道を照らす街灯になったり、

足を止める石ころになったり、

その程度の存在で見守っていける親でいたいなと思います。

彼女の人生の道は彼女が歩くものですから。

 

 

「家族は文化の最小単位」と、

大学の家族社会学の授業で習いました。

今はその言葉の意味が実感できるようになりました。

夫が両親から受け継いだ文化、

私が両親から受け継いだ文化、

それが合わさって我が家の文化になっていき、

それが娘の文化になっていく。

 

だから、誰かと同じなんてことはあり得ないのです。

だけど、誰かと違うから、混じり合うことができない

ということでもないと思います。

「違い」は楽しむことも、愛することも、面白がることも、

そして融合して何か別のものを生み出すこともできると

私は信じています。

 

娘が将来誰かと出会って、家族になる日が

来るかもしれません。

その時はその人と一緒に彼らの文化を作っていくことになるでしょう。

 

そして私はその時、私とはまた違う文化を作り出した娘のことを

面白がり、誇りに思うに違いありません。

あけましておめでとうございます

2020年、明けました。

明けて3日目で、ようやくこちらで新年のご挨拶です。おそ。

 

2020年、ちょっとずつ新しいことを始めていこうと思っています。

その1つとしてビデオ日記を始めることにしました。

 

日記、と言っても

新年のご挨拶を1月3日になってからアップする女ですから、

毎日アップするはずがございません。

時々だけど日記です。

 

昨年9月末にラジオのお仕事を離れてから、

今日に至るまで、本当にたくさんの方からSNSなどを通じて

メッセージをいただいております。

その中には本当に本当にありがたいことに

「真美子さんの声が聴けなくなって寂しい」というものが

とてもたくさんありました。

みなさん、優しい。本当にありがとうございます。

 

ラジオの電波を通してという形ではありませんが、

今や誰もが発信できる、世界77億人 総メディア社会です。

というわけで、私もあんまり使っていないYouTubeアカウントを使い

このサイトに私の小さな日常を写したビデオを時々UPしていきます。

 

というわけで、第一弾はこれ!

Happy New Year from Okinawa 2020

 

本年もどうぞよろしくお願いします。

 

小谷真美子

季節のご挨拶

12月も気づけば後半に突入です。

私が沖縄に引越して、丸2ヶ月が経とうとしています。

 

沖縄に来てから、色々な国の方、また色々な国に住んだことのある方と

お話する機会が少しずつ増えています。

 

そんな方々と最近こんなご挨拶が繰り返されます。

「あなたのお家ではクリスマスのお祝いはするの?」

 

 

宗教的な色は全くないけど、クリスマスが好きな人が多いから

子供のいる家にサンタが毎年来るよという方、

クリスチャンじゃないから全く祝わないというお国の方、

もちろん教会に行ってクリスマスの夜は家族で過ごすという方など

様々な回答が出てきて面白いです。

 

うちは「基本的にはユダヤのハヌカをお祝いするのだけど、

日本っぽいクリスマス(宗教色ゼロ)っぽい過ごし方はするかな」

という答えをしています。

 

そんな会話の中、私が1番面白いなと思ったのは

「私はソ連で育った」という方のお話。

彼女が子供の頃のソ連では、政教分離が厳しかったので

クリスマスを表立ってお祝いすることは禁じられていたとのこと。

だから、「Father Frost」(いわば、「霜のおっさん」)という名前の

おっちゃんがお正月にやってきてプレゼントをくれるという形で

冬を盛り上げていたのよ、というお話。

見た目もサンタさんそっくり。

霜のおっさんの衣装はブルーですが、

白いひげもサンタやんかーっていう出で立ち。

霜のおっさん、いや、Father Frost

 

 

沖縄のあったかいクリスマスも、私にとっては不思議なのですが、

世界各地のクリスマス事情もいろいろ聞けて、

楽しいクリスマスシーズンです。

 

 

そんな中、今日はクリスマスクッキング教室へ行ってきました。

美味しいクリスマスチキン(パプリカ添え)に、

野菜出汁たっぷりのスープ、

クリスマスデコレーションのパンケーキ、

というメニューを作ってきました。

パプリカをクッキー型でくりぬいたり、

野菜出汁のスープに加える卵にパルメザンチーズを入れたり、

「なるほど!」と思うアイデアも色々教わりました。

チキンの皮がパリパリで、しっかり中まで味がしみていて、とても美味しかったです!これは早速家で試そう。

 

 

 

とまぁ、クリスマス気分いっぱいの投稿をしましたが、

私は明日20日からクリスマスイブまで関西で過ごします!

今回は、素敵なクリスマスパーティーの司会&

専門用語満載のナレーション収録のお仕事を兼ねての帰還です。

関西でお会いする方、どうぞよろしくお願いします!

 

そして、皆様、素敵なクリスマスを♡

人生は決して長くない

以前投稿したこのエントリー

沖縄移住の理由に関するお話は終わりのつもりでした。

 

でも、実は奈良市長とお会いした後も、

奈良県の人権関連の団体の方や教育関係の方からご連絡をいただき、

個別にお会いしてお話をさせていただいたりもしています。

 

ラジオでオンエアしてからもう2週間が経つのに、

こうしてコンタクトを取って

「ラジコで聴いて驚きました。詳しいお話を聞かせていただけませんか?」

という方が続いたことに驚いていました。

 

そしてその理由が昨日わかりました。

 

 

昨日お会いした奈良で教育関係のお仕事をされている方から聞いたのですが、

リスナーさんのどなたかが、

奈良県のサイトを通じて、私の最後のオンエアの話を

伝えてくださったそうなのです。

しかも、ラジコのタイムフリーのURLも添えて。

 

そうやって公的な機関に知らせようと

動いてくださったリスナーさんがおられたことにも、

驚きと感謝がありました。

このサイトを見てくださっているかどうかも分かりませんが、

動いてくださってありがとうございました。

そして送られたURLからラジコのタイムフリーで

番組を聴いてくださり、その後私に連絡を取って

話を聞きに来てくださった方々にも、

心から感謝をしています。

 

 

 

大きな変化を起こすことは簡単ではない。

1人ではできない。

でも、1人1人に呼びかけて、

その組織の中3人が賛同すれば、一隅を照らしていく。

そうやってその3人がまた別の人に呼びかける。

賛同する人を増やしていく。

コツコツと変化を作ることはできるかもしれない。

 

昨日お会いした方とのお話の中で、言われたお話です。

 

 

私も常々思っていました。

変化というのは、「動き」を起こすこと。

 

私は「伝える」仕事をずっとしてきましたが、

その中で特に「伝わった」と感じるのは、

伝えた情報をもとに「動き」があった時でした。

 

どういう意味かと言いますと、

例えば、映画のお話をした後、

「ラジオで聞いて映画を観たくなり、観に行ってきました」

と教えてもらった時。

私が言葉にした映画の情報が伝わり、

そこで「観にいく」という「動き」が生まれる。

あぁ、伝わって良かったといつも本当に嬉しくなりました。

 

「観にいく」という動きでなくても、

例えば「その映画の名前を検索してみる」、

「予告編を観てみる」なども立派な「動き」です。

 

だから、伝えることを恐れないでいようと、改めて思いました。

 

これはおかしいという思うことは、ちゃんとおかしいと伝える。

もしかしたら自分が間違っていることを指摘されるかもしれません。

でも言わなければ、その間違いさえ指摘してもらえず、

自分が正しいと信じ込んでしまうかもしれません。

指摘されたことに納得がいかなければ、

そこに議論が生まれる。

そうやって分かり合えるように言葉を尽くすことも

大切な行動なんですよね。

 

 

ありがとうと伝えたい相手には、ちゃんと伝える。

私からのお礼なんて、別に喜んでもらえないかなと

思ってしまうことがありました。

でも私が逆の立場だったら、

ありがとうのメッセージを嫌に思うことなんて絶対にないなぁ、

そしてそれは私の大きな力になってくれることも

よくあるなぁと考えました。

 

ならば、私が伝えたい「ありがとう」は盛大に伝えようではないか。

それをどう受け止めるかはもちろんお相手次第。

でも伝えることで何かが生まれるかもしれない、

何かが動くかもしれない。

その可能性がたとえ0.01%でもあるならば、

私はちゃんと伝えるべきだと思いました。

 

 

というわけで、

昨夜はお礼を伝えたかった、とてもお世話になった方2人に

長い手紙を書きました。

どんな風に受け止めてもらえるか分かりませんが、

私は今、すごく清々しい気持ちです。

 

昨日結婚披露宴の司会をした時に、新郎新婦からいただいたクッキー。 なんだか心にしみました。 その後、美味しくいただきました♡

 

Life is too short. 

躊躇していてはもったいないですね。

伝えたいことは、ちゃんと伝えよう。

 

 

FM COCOLOを離れてからも、私の日々は前進しています。

新たに生まれてきた価値観が、

少しずつ確かな形になっていくような、

そんな自分の中での変化を感じる日々です。

最後の放送の後で

9月30日、私にとっての最後のFM COCOLO PACIFIC OASISで

沖縄へ移住する理由をお伝えしました。

ご存知ない方は、よければ

このエントリーの前半をお読みください。

最後のオンエアを終えた直後。 チームPACIFIC OASISでの記念撮影

 

 

デリケートな内容だったので、ラジオではオブラートに包んで

お話したつもりです。

それでも、そんな理由で辞めるのだと驚かれる方もいらっしゃるだろうと

スタッフ共々ある程度予想はしていました。

 

でも、予想をはるかに上回る反応が番組にも、私のSNSにも届き、

実はFacebookのメッセンジャーを通していただいたメッセージも

相当の数となりました。

その中の多くが「実はうちの子供もいじめられていて」とか

「うちの子も学校へ行けていなくて」

「私は中学3年間不登校でした」というような内容でした。

 

内容もさることながら、

驚いたのはその数。

まるで世の中の半分くらいの子供がいじめや不登校を

経験しているんじゃないの?

くらいの感覚になっちゃいました。

 

 

私がラジオの電波を通じてお伝えしたことをきっかけに、

「真美子さんだけにはお伝えしますが」とか

「コメント欄には書けませんのでメッセンジャーで」

といった書き出しで、たくさんの方々が

プライベートでの苦しい経験を教えてくれていたのでした。

 

 

そんなメッセージたちに

埋もれるようになっているのを見つけたのは、

奈良市の仲川げん市長からのご連絡。

 

市長と私の共通の友人が、ちょうどいいタイミングで

私のラジオを聴いてくれて、

私が沖縄へ行く理由を知り、

ショックを受けたことを綴ってくれていました。

 

無意識の差別感覚、「違う」というイメージの使い方の薄さ、

そして、もともと人は違っているわけだし

それを認めてなんとか生きていこうということを共有するのが

こんなにも難しいなんて。

 

というような、まさに私の言いたいことを的確に捉えた

投稿をしてくれていたんです。

 

それを読んだ、仲川げん奈良市長が、

「いじめ対策を大号令あげてやってきていたつもりだったのに

申し訳ない気持ちだ」ということを始め、

詳しいお話を聞かせてもらえないだろうかという内容の

連絡を下さったのです。

 

 

そして、先日、奈良市役所の市長室を訪ねました。

せっかく市長に話を聞いてもらえるのだから、これまでの経緯を

しっかり時系列で話せるようにしておこうと、前日の夜中まで

準備をしました。

 

娘のいじめが始まって、

学校との話し合いが定期的に開催されるようになってから、

学校とのやりとり、娘の言動、学校での出来事、

教師から言われたことなどをすべてノートに書いていたんです。

それを全て読み、お伝えしたいところを中心に時系列でまとめました。

つまり、久しぶりに娘の苦しかった時期のことを読み返したんです。

 

大人たち(教師たち)に囲まれて話すと「丸め込まれてしまうと感じる。

自分の言いたいことがちゃんと届いていない感じがする」と訴える娘に

「そんなこと言われて、先生は傷つきました!怒ってます!」

と逆ギレした女性教師。

こちらがもう1度話をして解決させようと思っているのに

学校では娘を無視し続け、しびれを切らした私が

校長室にその先生を呼び出してもらった時のこと。

いつまでたっても謝ることもなく

だんまりを決め込んだ女性教師に、

娘がボロボロと涙を流しながら

「先生、なんで無視するの?!」と言っても、

先生は無表情に黙っているだけだった時の悔しさ、もどかしさ。

 

物が隠されることが続き、教室の中にいるのが不安になり

居心地の悪さのあまり教室を飛び出した娘。

探しにきた男性教師が娘を見つけた瞬間、

「お前がこうやって出て行ったら、

俺はお前を探さなあかんねんぞ。

さっきまで職員室で丸つけしてたんや。

俺の時間返せ!」と

言ってきて唖然としたこと。

 

登校してすぐに同級生たちが娘の姿を認め

「なんであいつ来たん。うざ」とか「臭い」とか

言われたので、担任の先生の元へ走っていき、

「もう帰る。ママにお迎え来てもらってください」と

頼んだ朝。

出勤前に慌てて学校へ迎えに行き、娘を車に乗せた瞬間

車の中で娘が大声で泣き崩れたことなどなど・・・。

 

記憶に蓋をしていたことがドバッと飛び込んできて、

何度も涙をぬぐいながら時系列にまとめる作業をしました。

 

その甲斐あって、市長にはしっかり話を聞いていただけて、

実際に娘が不登校だった時に

私が考えたことなどもお話しできました。

 

例えば、学校に行けない子が、

家以外に安心できる居場所(フリースクールなど)の情報が

一元化されて提供されるとありがたいです、などなど。

子供のケアに精一杯の場合、

フリースクールを探して、連絡して、

予定の合う日に親子で見学に行くという作業すら

大変なこともあると思うのです。

少なくとも、私はそうでした。

 

 

それにしても・・・

思った以上に多いんですね。

学校の中で苦しんで、結局学校に行けなくなってしまう子供達が。

私がラジオでお話ししたことで、

意外と身近な方も同じような悩みを持っておられたり

かつて経験されたりしたんだということを初めて知りました。

 

こんなにたくさんおられるのに、表に見えてこない。

言いにくい雰囲気があるのだろうなと思いました。

言えないから余計に苦しいのだなと気づきました。

 

私も、娘がいじめられ始めた頃は、誰にも言っていませんでした。

こんなネガティブな話、職場ですべきじゃないと考えたり、

一時的なことで、しばらくしたら収まるんじゃないかと楽天的になったり、

こんな話して、モンスターペアレントって思われないかなぁとか、

言わない理由は幾つでもこじつけることができました。

 

でも、周りに話をし始めると、すごく親身に聞いてくれたり

職場でも「最近娘さん、どう?」って声かけてもらえたりして

少し気持ちが楽になりました(状況は変わらずとも)。

だって今思えば、

周りにもたくさん苦しんでいる子がいるんですもの。

他人事だなんて思えないはずなんですよね。

 

だから今、私がすごく気になっているのは、

子育て世代が、いじめや不登校などの子供さんを抱えて

心身ともに疲れている状況なのに「助けて」と言えない

状態になっていないのだろうかということ。

もっとみんな気楽に話せる場などがあればいいのになと思います。

 

 

「仕事に行く前に子供のお昼ご飯を用意しなきゃ行けないから

朝がバタバタで大変〜」

「そうよねー。給食食べてくれたらいいのにねえ・・・」

なんていう不登校の親アルアル(なのかな?)話ができるくらいの

カジュアルさで集えるような場所。

 

何も解決もしていないとはいえ、そういう場所で話ができれば

親の孤独は少し解消されることでしょう。

親の孤独が解消されれば、少しは余裕を持って子供と向き合える。

それだけでもちょっと楽になれるんじゃないかなと想像しています。

そしてそのような場所で、私みたいな人間が口火を切って話せば

「実はうちもなのー」ってわいわいできるのかもしれないって

思ったりもしています。

 

親も子もひとりぼっちにならないで、

みんなが機嫌よく幸せに暮らせるにはどうしたらいいのだろう。

私に何ができるだろう。

 

最後のオンエア、そして予想以上の反響をいただいて以来

ずっとそんなことを考えています。

そしてあのような話を電波を使ってさせてもらった以上、

これからも問題意識を持って、自分のできることを探していこうと

改めて決意しました。

仲川市長、ありがとうございました。

 

晴れた朝を迎えて

2019年10月1日。

昨日で、FM COCOLOを卒業しました。

たくさんのメッセージ、お手紙、お花などのプレゼント、

抱えきれないほどたくさん持って帰ってきました。

Facebookにも、このサイトにもメッセージをいただき、

たくさんの人に聞いてもらえたことを、ラジオの住人として幸せに思っています。

 

番組の後半にお伝えした、沖縄へ移住するわけ。

同級生からのいじめや教師からの悪気のない無意識のものも含めた人種差別などで

不登校になってしまった娘。

そんなタイミングで夫が興味のある仕事を沖縄に見つけたこと。

娘は沖縄で幸せにしています。

そして私は、苦しかった時期もラジオの向こうにいてくれる

リスナーさんにすごく支えてもらった。

ラジオがあってよかった。

 

というようなお話をゆっくりさせてもらいました。

 

ある程度の反響が返って来ることは予想していましたが、

予想以上に大きな反応が届きました。

私の言葉がちゃんと届いたのだなと、とてもホッとしました。

まだ全ての人にお返事できていませんが、

SNSにいただいたコメントなど、少しずつでもお返事していきます。

 

番組に届いた全メッセージも読ませてもらいました。

ラジオが皆さんの日常にあること、何気なくそばにいられることを

実感できるメッセージで、本当に心が温まりました。

ラジオDJ冥利につきる番組ができたと、感謝の気持ちでいっぱいです。

 

昨日はたくさんの人とお会いしました。

写真もいっぱいとりました。

ここでドーンと載せていきます。

レジェンド、ヒロ寺平さんのDJ引退を見届けてから、私たちマミコングのPACIFIC OASISがスタートしました。 長年仲間としてラジオを引っ張っていってくれたヒロさん&コングさんのハグに、涙ぐみそうになりながら慌ててシャッターを切りました。
マーキー兄さんもスタジオに顔を出してくれました。 かっこいい人生の先輩方に囲まれて、なんと幸せなことでしょう。
ビルボードの庄山さん(右)と、レコード会社勤務時代からお世話になっていたビンセントさん(左)。働く女子のお手本みたいに、仕事ができて、そして人生を楽しんでおられるお二人。お世話になり、ありがとうございました!
番組交代の忙しい中でも撮影に応じてくれたDJ仲間のMEMEさん!お互い働く母親同士で色々なお話もしてきました。これからもエリアフリーでAfternoon Delight聴きますよー。
FM COCOLOで初めて番組を持ったのが、日曜日のJUST ANOTHER SUNDAY。そのディレクターの奥野さん。先日SUNDAY マーキー765の代演をさせていただいた時のディレクターでもあります。 奥野さんが私らしさをいっぱい引き出すディレクションをしてくれたおかげで、DJとしてちょっとずつ成長できたと思っています。ありがとうございました。
大好きな相方コングさん。そして10月1日から私に代わって担当してくださる佐野さん。コングガールズに囲まれて、コングさん、幸せやねーって記念撮影しました。
番組にサプライズコメントを下さった宮沢和史さん。番組が終わってしばらくしたら「真美子さん、ちょっと仕事のことでお話があるんだけど」とスタッフに呼ばれて行った先に、本物の宮さんが!!!思わず「わー!!コメントありがとうございました!」って叫んでしまいました。 沖縄の話も色々と教えてくださった宮沢さん。今度は沖縄で宮さんの歌を聴かせていただきます!
PACIFIC OASISスタッフゆーとくん。 彼と私はPACIFICに参加するタイミングがほとんど同じだったので、なんとなく「同期」みたいな感覚もありました。音楽愛がとても強くて、どんどんディレクターとして成長しているゆーとくん。これからもいい番組作って行ってね。
営業部でお世話になった河原さん。ラジオショッピングをやっていた頃、いつもすごく心配りをしてくださって、私たちのフォローをたくさんしてくださいました。ありがとうございました。
PACIFIC OASISスタッフふーちゃん。 彼女の天然の明るさ、どんなに遠くにいても響き渡る笑い声は、802、COCOLOの愛すべき存在です。音楽にもサブカルにも詳しくて、ふーちゃんと話すのはいつもすごく楽しかったよ!!
所属事務所SAYプロダクションのマネージャー川端ちゃん。彼女にもいっぱい助けてもらっていました。とても一生懸命で、熱さがあるからこその厳しいさもいっぱいある彼女。これからもよろしくお願いします!
COCOLO編成部めぐさん。一時期服被りハンター小谷の獲物として、いっぱい服被り写真も撮らせてくれました。それどころか、自ら「今日の私の服、○○さんと被ってるの」と申告してくれるサービス精神。素敵です!
DJかとみきさん。ラジオから流れてくる口調そのままの優しい、とても可愛らしい先輩です。ネコ好き仲間でもあるので、この写真を撮った後、うちの猫たちも沖縄へ引っ越すネタでいっぱいお話しさせてもらいました。みきさんの音楽への愛も本当に尊敬です。
My dearest DJ, Kamasami Kong. He taught me a lot of things about music, about radio and about life.I’ll never forget the days I worked with you. Thank you and love you always!!
802スタッフ安田くん。彼は奈良在住ということもあり、共通の知人も多く、奈良絡みのお仕事でも色々お世話になりました。子供同士の年齢も近いので、仕事以上に色々なお話ができた仲間です。ありがとう!
COCOLOスタッフ安田さん。以前、ピンチヒッターで担当させていただいた番組でディレクターをしてくださっていました。その時に「また絶対一緒に番組やろうね」と話したのですが、実現できず、すごく残念がってくださったのが、とても光栄でした。安田さんは、ギターもプロ並み。音楽も一緒にやってみたかったなぁ。
PACIFIC OASISのミキサー、ゾンビさん。この方ナシには PACIFICファミリーを語れません!いつも本当に穏やかで優しくて、ダジャレ好きで、スタジオの中でいい空気を醸し出してくれていました。
隣のスタジオで生放送をしている中島ヒロトさんにもご挨拶。私が802報道センターでニュースをやっていた頃、ヒロトさんの番組でもニュースを読ませてもらっていたのです。明るくパーっとした語り口調。これからも関西のラジオを引っ張って行ってください!
COCOLOスタッフ原田さん。ピンチヒッターで番組をやった時のディレクターであり、ブラジル音楽好き仲間でもありました。原田さんの音楽のテイスト、私も大好きでしたー!!
DJ加美さん。とても幅広く活躍されているところ、インタビューの深さなど、いつもすごいなぁと尊敬しております。沖縄にもライブで来られることがあるとのこと。沖縄での再会も楽しみにしています!
SAYアカデミーの教え子で、中国から来日しているせつくん。なぜか私のことを「師匠」と呼んで慕ってくれる可愛い教え子です。ちょうどこの日、スタジオで収録をしていると聞き、突撃しちゃいました。中国語はもちろん、英語、日本語もいけますので、お仕事あればぜひ振ってあげてくださいませ(韓国語もちょっといけるらしい)。せつくん、頑張りやー。
たくさんのあったかい愛に包まれて、幸せに帰宅。 ラジオDJとしてとても嬉しい1日を過ごせました。 寂しさよりも、幸せな気持ちが強くて、新しい日々を前向きに歩いて行けそうです。 この写真は、大好きなシンガーTammyちゃんが夜、家に遊びに来てくれたので、お庭で座って喋っていた時のもの。

 

みんながそれぞれできることを

社会人になってもうすぐ四半世紀が経とうとしている中、

この夏から秋にかけて、

私は社会人生活の中で最も難しいプロジェクトかもしれない

というお仕事に関わらせてもらっていました。

それは、聾学校の小学生たちとテレビ番組を作るというプロジェクト。

 

これまでも、小学生と地域を紹介するテレビ番組づくりなどのワークショップを

やってきたチームで今回お邪魔したのは、

耳の聴こえない子供たちが通う学校。

 

 

私はこれまでの番組づくりの時と同じく、

キャスター役の子たちへのトークの指導や、

学校の周りの地域を取材するときのインタビューの仕方などを教える役割を

仰せつかりました。

 

 

でも、耳の聴こえない子たちにどうやって教えればいいのだろうか・・・。

そもそも、初めましてで自己紹介する時に、

「ラジオで喋っている」と伝えてもわかってもらえるのだろうか、

彼らはラジオを知っているのかなぁ・・・。

 

大きな声で話そう、と言っても

そのボリュームの違いはわかってもらえるものなのか・・・。

 

私はどんなスピードで、どんな口調で話しかけたら

わかってもらいやすいのか・・・。

疑問と不安ばかりがぐるぐる渦巻きました。

 

 

プロジェクトが始まった頃に、打ち合わせがてら、学校へお邪魔しました。

子供達の様子を見せてもらわないことには、何も分からないですしね。

 

 

チームのメンバー4人で学校へ行きました。

正直いうと、聾学校って学校の中が静まり返っているのかと思っていました。

学校に入った瞬間、「あれ?めちゃめちゃ賑やかだわ」。

いわゆる「小学校らしい音」がいっぱい聞こえてきます。

子供達のはしゃぐ声、走り回る音、机や椅子を移動させる音などなど。

そして私たちに「こんにちは」と元気に声をかけてくれる子供達もどんどん出てきます。

これまでにテレビ番組づくりをした学校と同じような感じです。

 

 

ただ違っていたのは

「こんにちは」と声をかけると同時に、手話もしていること。

そして、耳に補聴器をつけたり、耳の後ろ側に装着された

「人工内耳」をつけている子ばかりだということ。

 

 

ラジオをやっていると、

とにかく「耳からだけの情報のメディア」ということをいつも意識しています。

それだけに、聾学校に通う子供たちはラジオに興味ないだろうなと思っていました。

そして、自分の声を使って話すことも苦手なのかなと思い込んでいました。

 

でも、初めての聾学校訪問で出会った子供たちの中には

「カーモンベイベー アメリカー♩」と歌って踊る子がいたり、

「ねーねー、カメラ触ってもいい?」と人懐っこく話しかけてくる子がいたり。

補聴器や人工内耳が見えなけば、

ここが聾学校だということに気づかないような様子の子もいました。

 

 

少しゆっくり、丁寧に発音して話しかければ、

コミュニケーションは簡単にできる子たちがたくさんいたのです。

これは、私の聾学校のイメージと全然違っていて、

とても勉強になりました。

 

一方で、人工内耳をつけてもほとんど聴こえない子もいて、

そういう子供たちの母語は手話になります。

声を出して話しながら手話をしてくれることもありますが、

発音だけで彼らが話すことを聞き取るのは難しいです。

手話を母語とする子たちとは、先生の通訳を介して話しました。

 

つまり1つの学校で、言葉で話す日本語と、手話、

という2種類の言語が存在しているのです。

先生方も生徒たちも、両方使いながらコミュニケーションをとっています。

見事なのは、相手によって手話をメインにするのか、

日本語の話し言葉にするのかを切り替えているところ。

これはバイリンガルと同じことだなぁと感じました。

 

実際、日本語を話しながら手話をするというのは、

2つの言語を同時に扱うような難しさがあるんだそうです。

手話といっても、

固有名詞は指で1つ1つの音を表現する「指文字」を使うので、

名詞や動詞の「意味」を動作で表す手話の合間に、

1つ1つの「音」を手の動きで表す指文字が入ることになります。

みんなサラッとやっているので、私もやってみようとしましたが

なかなか覚えられないものです・・・。

 

 

 

とまぁ、前置きが長くなりましたが、

そんな様々な聴こえ方をする小学3年生、4年生、5年生の10数人

との番組づくりが始まりました。

 

 

夏から秋にかけて2時間授業を4回しに行っただけでなく

私たちが行かない間も、

先生方と児童たちがどんどんプロジェクトを進めていました。

 

 

それぞれの聴こえの度合い、また複合的に障害を持つ子もいるので

それぞれができる範囲での役割分担が行われました。

でも、学校側からの希望で、

どの役割の子も一通り全ての役割を経験できるように授業を進めていきました。

 

 

インタビューの時は、はい、いいえ、だけで答えられるような質問より

相手がたくさん喋ってくれるように

「なぜですか」とか「どうやってやるのですか」

というような質問を増やすといいよ、とか

決められた質問だけでなく、相手の答えを聞いて疑問に思うことがあれば

どんどん質問していこうね、

そのためには相手の話をしっかり聞こうなどと

インタビューのコツを説明したり、

カメラの前の立ち位置の決め方など、具体的な説明をしていきました。

 

 

一生懸命聞いてくれた子供達は、

その後の取材に早速伝えたことを実践してくれたりして

とにかく素直で吸収力が高い!

そして彼らの表情がとても豊かで、

いつも生き生きしていることも印象的でした。

みんな子供らしいまっすぐさで、番組づくりを一生懸命楽しんでくれました。

 

 

 

スタジオ(教室)にメインキャスターが3人。

オープニングの挨拶から始まり、

子供達が事前に取材に行っているので、

そのグループごとの代表のレポーターによるVTRの振り、

「学校周りの地域の紹介」「学校紹介」などのVTRを流した後の

キャスターの受けコメント、

そしてエンディング。

というトータル30分ほどの番組です。

タイトルは、ザ!聾ニュース。

教室をニュース番組のスタジオに見立て、 児童たちが看板も作りました。

 

 

 

プロのカメラマンも番組づくりチームにいるので、

プロの機材を使いながらの収録、カメラも3台。

全て子供達が撮影しました。

 

カメラのスイッチを入れる、

ちゃんと写っているか確認できたら、

カチンコを鳴らす役の子に「いいよ」と合図を出す。

カチンコが鳴ったら、キャスターやレポーターが

手話と口話の両方を使って話し出す。

 

 

そんな風にして収録をしたのが、昨日のこと。

みんな本当に集中して、一生懸命頑張りました。

だから予想以上にスムーズに、最後のスタジオ収録が終わりました。

あとは、チームメンバーのプロカメラマンさんが

カッコよく編集してくれるはずです。

 

 

収録が終わってから、子供達の振り返りの感想を発表する時間になりました。

レポーター役をやった男の子が言いました。

「僕はカチンコをやったMちゃんが一番良かったと思います」。

 

Mちゃんは、耳が聞こえないと同時に、視力も非常に低く

みんなで見るテレビの画像も、彼女は専用のiPadを目の前に近づけて

じっと見つめてようやく見えるくらい(自分が写っているのに気がつくと、

体をくねらせて恥ずかしそうに笑うのがたまらん可愛さなのです)。

Mちゃんは声を出して話すこともほとんどできないので

カチンコを鳴らす役に全力を注いでくれていました。

 

そのMちゃんをしっかり見て、よかったと褒めた男の子。

こういう目線が自然に生まれている学校なんだなと、

とても暖かい気持ちになりました。

 

キャスター役の子たちの仕事量が1番多かったので、

どうしても先生方からの指導も増えてしまいます。

褒められることが多いのもキャスター役の3人。

だけど、教室の隅で、

小柄な彼女の手にはちょっと大きすぎて持ちにくいカチンコを

一生懸命鳴らしていたMちゃんのこともちゃんと見えている仲間たち。

この感想を聞けただけでも、このプロジェクトに関わらせてもらえて

よかったなぁと、気持ちが熱くなりました。

 

とにかく、相手を知ること。

知っていけば、垣根なんてできるはずがない。

心の中の思い込みなんて、あっという間に消えていくものですね。

切り口は1つ

昨日、9月26日(木)は、この半年間、月1回続けてきた

「つたえるしごとラジオ」の公開放送の日でした。

毎回ゲストをお迎えして「つたえる」を「つたわる」にする極意を

教えてもらっています。

 

今回のゲストは、シンガーソングライターの寺前未来さん。

テーマは「歌でつたえる」。

 

奈良で一緒にイベントをしたり、

ラジオ局でも何度かお会いしたりしていて

大好きなアーティストなんですが、

ゲストとしてゆっくりお話しするのは今回が初めて。

未来ちゃんの柔らかい感性、優しい人柄、創造性、

いろんな魅力に溢れた楽しいラジオとなりました

(私の声が大きくてバランス悪くてごめんなさい)。

よかったら聴いてくださいね。

↓↓こちらで聴けます。

https://www.youtube.com/watch?v=bLe1Setg5do

 

 

そして私が深く深く共感したのは、

未来ちゃんの大学時代の、文章実習の先生の言葉で

未来ちゃんがとても大切にしていること。

「切り口は1つ」。

 

言いたいことはたくさんあるけど、全部言ったら伝わらない。

泣く泣く手放した最後の1個だけを大事に、数分間を紡ぐ。

というお話をしてくれました。

 

そう。私たちラジオの作り手も、

3、4分の内容で喋るために、何時間もかけて取材をして、

そのごくごく1部しか使わないことがほとんどです。

取材内容の大半をバッサリと切り捨てて、

ごくごく絞った内容にします。

だったら最初からそんなに時間かけて取材しなくても

数分間喋れるだけ取材したらいいやん?と言われるかもしれませんが、

10のうちの1を話すから、1に深みが出るのであり、

1しか知らずに1を全部話しても、それは情報としてスカスカ。

1を生かすための、9を捨てるという行為なのです。

 

それは身を切るような行為。まさに「泣く泣く手放し」ます。

あー、あれも伝えたい、これも聴いてほしい!って

いつだって思ってしまうものです。

 

で、欲張って入れちゃうこともありますが、

そういう時は、あまり伝わらなかったかなと、反省することが多いです。

情報の取捨選択、というよりほとんど「捨」なのかもしれませんが

その分、本当に伝えたいことが伝わるのだと思います。

歌なら、なおさらなのかもしれません。

 

そんな未来ちゃんが、

「つたえるしごとラジオ」で私とともにパーソナリティをしている

山本あつしさんと相談して、私のために曲を作ってくれました。

サプライズすぎる〜(泣)。

あつしさんが私について色々と書き連ねてくれたことをもとに

とても美しくて、眩しい曲に仕上げてくれました。

タイトルは「はなむけ」。

 

私の宝物が1つ増えました。

 

番組卒業宣言

今日のFM COCOLO PACIFIC OASIS内で先ほどお話ししたように、

私は今月末9月30日の放送を持って、

FM COCOLOを辞めることになりました。

急なお知らせで驚かれた皆さん、ごめんなさい。

そして、ここまで聴いてくださった皆さん、本当にありがとうございました。

 

10月の下旬には、家族の待つ沖縄県へ引っ越します。

夫と娘はすでに沖縄での暮らしを始めています。

どういう経緯で沖縄に暮らすことになったのか、

今後何をやっていくのかなど、また改めてお伝えしていきます。

 

そして、このコタニマミコドットコムのサイトに、

沖縄に行く前も、行ってからも色々と綴っていきますので、

これからもちょくちょく覗いていただけたら幸いです。

 

 ラジオを好きで聴いてくださった方々、

一緒に働いてきた番組スタッフ、

FM COCOLOの仲間たち、

色んな話をして励ましてくれたり、笑い飛ばしてくれたりした友達、

私を応援し、サポートしてくれた家族、

大好きな仕事を長く続けてこられたのは、皆さんのおかげです。

心からありがとうございました。

 

番組卒業まであと2週間ほどあります。

残りの日々も、楽しい番組を作り続けていくつもりです!

コングさん共々よろしくお願いします。

2019年9月17日(火) 小谷真美子