明日、3月9日から、平昌パラリンピック開幕ですね。
オリンピックに続いて、可能性の限界を超えるアスリートたちの勇姿が見られることを楽しみにしています。
とはいえ、思い通りにいつもうまく行くわけではないのがスポーツ。勝つこともあれば、もちろん負けることもありますよね。
平昌オリンピックでも様々な競技結果とともに、舞台裏なども報じられましたが、そんな中で私がずっと引っかかっているのはこのニュース。
女子アイスホッケー決勝でアメリカに敗れ、銀メダルとなったカナダ。
チームメンバーのジョセリン・ラロック選手は表彰式で首にかけられた銀メダルをすぐに外して、左手で持っていたというのが、かなり世間でも非難されたんです。不敬だとか、スポーツマンシップに欠けるとか・・・。
その後、ラロック選手は謝罪をしたのですが、私はこのニュースを読んで、ちょっぴりもやもやしまいました。
決勝戦で勝ったものは金メダル。
決勝戦で負けたものは銀メダル。
三位決定戦で勝ったものは銅メダル。
だから、表彰式では、金メダルと銅メダルを手にしている選手が、「やった!勝った!」っていう喜びを見せている姿が多く、一方銀メダルの選手は負けた後すぐなので、複雑な表情だったり、悔しそうだったり、必ずしも「2位だ!やった!」と喜んでいない姿を見ることがあります。むしろ3位の方が嬉しそうにしているんですもの。
そりゃそうですよね。
決勝戦に出た段階で金メダルしか目指してないわけですから。そこで急に気持ちを切りかえて「銀メダルです!」ってニッコリするのは難しいことだってあるでしょう。
銀メダルを表彰式の間に外してしまうことが、どれだけスポーツマンシップに欠けているのか、正直言うと私には分かりません。ただ、ラロック選手は、とても人間的だなと思ったんです。首にまとわりつく銀メダルが、嫌で嫌でしょうがなかったんでしょうね。こんなの自分のものじゃない!って生理的に外したくなったんじゃないかなと、想像しています。
「若い子のお手本にならない」という意見もあったようですが、それくらいの強い気持ちで勝ちに行きたかったという彼女の態度は、絶対に負けたくない!という精神のお手本として、私にはカッコよくも見えたのです。私が彼女を追いかける後輩ならば「これくらいの勝気でいかないといけないんだ」と教えてもらえるような気がするのです。
まぁ、こういうことを書くと、お叱りの声が聞こえてくるのかもしれませんが、
「悔しいねんから、ほっといてあげーや。
思いっきり悔しがることくらい、させてあげたらアカンの?」
というのが、私の本音。
まぁ、いろいろな考えがあって、「この銀メダルが欲しくて欲しくて必死にやってきた人に失礼」とか「ここまで支えてくれた人たちへの感謝が足りない」とか、ラロック選手の行動を咎めることはいくらでもできるということも理解しています。そしてそういう声の方が世間的に大きいことも。
ただ、私個人的には、
ラロック選手の態度が悪かったと謝罪を求めるのは、オリンピック委員会とか、ホッケー連盟とか、そういうところのお偉いさんが決めて、彼女に通達して、しかるべき処置を取るんですから(そして実際そうなった)、まったく関係のない人たちが彼女の態度を非難することは、ちょっと厳しすぎるなぁって思っています。負けて悔しい彼女の傷口に、わざわざ塩塗らんでも・・・と。
色々思うところはあっても、外野はとりあえず口つぐんでおいたらいいのになって思ったんです。そのうち気持ちが落ち着いたら「あの時銀メダル外したのは、ちょっと態度悪かったな」とか反省されるかもしれませんやん?
とまぁ、こうして投稿している段階で、私も口うるさい外野の1人と言われても無理ないのですが。

負けん気いっぱいで見せてくれる強い攻め、
うまくいかなくても、何度も何度もくらいつく姿、
なんとか気持ちを切り替えてチャンスを見つける貪欲さ、
そんなスポーツのシーンでワクワクハラハラさせてもらえるのは、観る者として大きな喜びです。だからこそ、結果が出せなくて悔しい、ふがいないという思いを抱える選手を、あったかい目で見て「今は銀メダル喜べないよね。次こそ金色のメダルを目指してね!」って応援したいなと思うんです。
だって、そこはアスリートとして嘘つけない思いでしょう。
もちろんオリンピックに出るアスリートともなれば、「憧れの存在」で「尊敬されるべき人」なのでしょうけれど、そんな人たちでも、やっぱり人間なんだなぁという、感情を抑えきれない姿を見ると、より応援したくなるんです。
小器用になんかならなくていい。
社会におもねらなくてもいい。
Be yourself!!
Nobody’s perfect!!
と、ラロック選手に私は言いたい。
真美子さん、こんばんは^ ^
パラリンピックが始まりましたね。
また新しい感動シーンが観られるのはワクワク楽しみです。
さてさて、今回のオリンピック。若い選手のステキなスポーツマンシップが目立ちました。SNSでは競技結果や選手のコメントが瞬時にあがります。その分感動が一変して非難に変わる怖さも目にしました。
観戦するマナーも大切だなぁとも…
どの国の選手にも、勝者にも敗者にも、敬意をはらい競技への賞賛を贈りたいですね。だって、ワタシにはとても真似出来る事ではありません。でも、共感は出来ます。嬉しさも悔しさも、笑顔も涙も…女として、妻として、母として、人として…ね。(笑)
参加された全てのアスリートの皆さんにありがとうを伝えたいですね。
すごいことだと思うんです。4年に1度の世界の舞台に照準を合わせて、そこに向けてずっとストイックに頑張ってきたからこそのオリンピック、パラリンピックですものね。だから、何があってもそこに出場されるというだけで、尊敬、賞賛!です。
選手がSNSで気持ちを伝えてくれたりして、より身近に感じることは嬉しいのですが、一方でスポーツを応援する側のSNSマナーについても考えさせられるオリンピックになりましたね。SNSに関してはまだまだ誰もが発展途上。ビギナーみたいなものですから、これからも様々な問題が出てくるのだろうなと感じています。
その中で変わらないのは、人間の気持ち。悔しさや喜びは、伝える手段がアナログだろうとデジタルだろうと、決して変わらないものです。だからこそ、大事に大事にしたいものですね。
本音(金メダル)と建前(銀メダル)の間で揺れ動く葛藤。
オレもそのパッションで日々生きたい。
そないしたら人生楽しなるんやろなぁ~🎵
ちゅうか、パッションで生きます!!
知らんけど(笑)
そのパッションで日々生きたい。
カッコイイやないですかー。