迷いましたが、やっぱり書きます。体操のこと。

最近会う人たちに何度か聞かれました。「娘さん、体操やってるんでしょ?パワハラ問題どう思う?」などなど。その度に言葉を濁してきたのですが、第三者委員会も立ち上がりましたし、そろそろ自分の言葉をまとめてみようと思います。決して誰かを糾弾するとか、誰かを悪く言うというつもりはなく、私が見たこと、感じたことをフラットにお伝えしていくつもりです(できるかな?がんばる!)。

 

 

まずは18歳の宮川紗江選手がこれまで抱えてきた不安や、彼女が勇気を持って告発するに至った経緯を想像すると、とても心が痛みます。うちの娘が始めたことで、私にもとても身近なスポーツになった体操競技そのものが、こういうことで発展を止めてしまうことがないように、心から願います。

 

 

このところずっと思っていたのは、メディアの報道姿勢のこと。アマチュアスポーツ界で立て続けに起こっている問題(アメフトや、ボクシングなど)と、今回の塚原夫妻の宮川選手に対する件を一緒にしていいのだろうかということ。例えば、暴力行為で相手選手を潰してこいという命令、例えば暴力団との関係など、法に触れる問題とは少し違うのではないかということです。

でも、同じようなトーンで伝えるメディアに、見ている側はどうしても影響を受けてしまうのだろうなということを考えていました。

 

 

この写真をご覧ください。

 

真ん中にいるブルーのレオタードはうちの娘。娘の肩のあたりを持ってチェックしているのは、渦中の塚原千恵子先生です。

 

実はうちの娘は、2016年、17年の間、塚原夫妻のおられる、朝日生命の体育館で体操の練習に参加させていただいたことが数回ありました。顔つなぎをしてくださった方のご尽力のおかげであって、本来ならば娘のような無名の体操選手である小学生が練習させてもらうような環境ではありません。それでも、出迎えてくださった塚原千恵子先生は、お忙しい中、この写真のように自ら娘の指導もしてくださる時間も作ってくれました。

娘は実力で朝日生命の体育館で練習できるような選手ではありませんが、日本最高峰の環境の中で体を動かせたことは、彼女にとっても大きな刺激となりました。

 

東京まで通って、朝日生命の体育館で練習する中、私も千恵子先生と直接お話をする機会が何度かありました。その中で、同じ体育館で練習をしていた、とある選手の話になったことがあります。「あの子が前に所属していたクラブ、指導者の暴力沙汰で問題になったの。それであの子はこっちに移籍してきたの。あの子も辛い思いしたのよ」。というようなことをおっしゃっていました。そして、未だ体操界に見られる、指導中の暴力に断固反対の立場だという話をしてくださいました。

 

体操というのは、指導者の補助を受けながら新しい技を安全に習得するというプロセスがあります。ですから、指導者が体に触れる機会がとても多いスポーツです。足先を持ったり、背中を支えたりといった、身体的接触の中で、注意するために「トントン」と軽く叩く行為に、いらだちなどの感情が加わり、それが痛みを伴う暴力に発展する、その線引きが難しい面があるように思います。だからこそ、これまでの体操の世界の中で、これは暴力では?という指導場面は、割と頻繁に起こっていたと推測します。複数のクラブが一緒に練習をする合宿所のような環境で娘が体操の練習をしている時など、他のクラブでそのような指導をしている様子を見たこともあります。周りに緊張感が高まり、練習場内がシーンと静まり返る瞬間。暴力を振るわれた選手だけでなく、周りの選手たちも怯えた顔をしていました。

 

千恵子先生は「暴力ふるって教えるコーチって、いまだに多いのよね。ああいうやり方は、本当にダメ。今の時代に合わないのよ」と残念そうにお話をされていました。5年ほど前から日本体操協会は暴力に厳しく対処するようになり、宮川紗江選手への速水コーチによる暴力にも、厳しい処分が下されました。そこに「選手とコーチを引き離す手段では」という憶測が働いたのは、それまでのバックグラウンドによるところもあるのでしょうが、暴力行為を見過ごさないという体操協会側の姿勢そのものは、批判されるものではないと思ってます。速水コーチの暴力シーンの映像が出回りましたが、あれは、トントンと軽く叩いて注意するといった類の暴力ではありません。それを当たり前に受け入れることと、コーチを尊敬する、慕うというのは、少し違うと思うのです。

 

一方で、宮川選手にとって、信頼できるコーチである速水コーチの存在がとても大切だというのも理解できます。先ほど書いたように、体操は指導者が補助をしながら技を習得するため、指導者との信頼関係はとても重要です。きちんとした補助をもらえなければ、怪我に直結しますし、何よりも恐怖心を克服して技を身につけることができなくなります。段違い平行棒の降り技など、高い場所での技も非常に多く、そこで角度1つ違うだけで大怪我を負う可能性があるのです。その恐怖心に打ち勝ち、勇気を出すには、「もし失敗しても、コーチがちゃんと支えてくれるから大丈夫」という信頼が不可欠です。うちの娘のレベルでも、コーチとの信頼関係がうまくできている時は、案外すんなりと新しい技を習得できたりするのですが、恐怖心が芽生えると、その克服にはとても時間がかかってしまいます。ですから、速水コーチとの師弟関係をなんとか守っていこうと、18歳の少女が必死の訴えをしたのです。それだけ、かけがえのない存在と言えるでしょう。

 

 

宮川選手によると、そのコーチを自分から引き離そうとしているように感じたという、パワハラ問題。でも、私の目には、宮川選手も、千恵子先生も、ともに体操の発展、日本女子の体操競技が、より強くなり、結果として2020年の東京五輪で悲願のメダルをという思いをとても強く持っているようにも見えます。

 

 

実は、東京の朝日生命の体育館で娘が練習をしている際、私は直接千恵子先生から、宮川選手の話をうかがったことがあったのです。時期は去年の3月でした。「宮川さん、強化選手の合宿に来てくれないのよね」というようなお話でした。私が受けた印象は、千恵子先生は宮川選手を高く評価していて、体操女子日本代表のためにも彼女が来てくれることをとても望んでいて、だからこそ今困っておられるのだなというものでした。

 

その時の印象が強くあったので、今回のことの発端となった速水コーチの暴力問題が出てきて、その後宮川選手が反論をした際に「もしかして強化選手の合宿に参加していなかったというあの話が何か関係あるのでは?」と思って、推移を見守っていました。そしてその時も、宮川選手も上手くなりたい、千恵子先生ももっと上手くなるために精一杯やっていきたいという思いがあるのに、なんだかボタンをかけ違っているような印象を覚えました。

 

 

たかだか数回、娘がレッスンを受けさせていただいた時にお話しただけの私ですが、喋りのプロの端くれとして思ったのは、千恵子先生は、決しておしゃべり上手なタイプではないということ。ご本人もそう認めておられるそうですね。率直に言って、笑顔も少ない方です。まぁ、威圧感があると思われても仕方ないでしょう。娘の体操のレッスン中、それを見学している私に、スタッフの方が「千恵子先生からお話があるそうですので、先生のお部屋に」と、千恵子先生のデスクのある事務室へ呼ばれたことがありました。その時は、「私、何か失礼なことやらかした??」とガクガクブルブルしながら、それまでの私の振る舞いを走馬灯早回しで振り返ったものです。

 

でも、その時のお話は「ラジオやっているんですって?」とか「私、この後アメリカに視察に行くことになっているから、練習が終わる頃にはもう出てしまっているのよ」と、帰りのご挨拶の頃には不在にしていることをあらかじめ教えてくださったりといったものでした。

最近、体操関係者の方々がテレビ出演をして、「塚原千恵子先生は、ろくに口をきいてくれない人」だとか「いつも戦闘態勢な姿しか見ていないから、テレビのインタビューで喋っているのを見て、あんなに優しい喋り方ができるとは、と驚いた」というような話をされているのも聞きました。私の知っている千恵子先生の口調は、あのインタビューでの口調と同じトーンでしたし、奈良から来た無名選手の母親である私にも普通に話してくださったことにむしろ驚いていたくらいでした。怖い、というか、畏れ多い相手ではありましたが、話してみたら「私、無駄に怖がっていたかも」と思ったものです。

 

そう、見る角度が違えば、見えるものは全く違うのですよね。

どちらが正しくて、どちらが間違っている、ではなくて、ただ見えるものが違うわけです。人は1つの側面だけでなく、様々な面があるのが自然です。だから、今回の体操の問題に限らず、何でも1つの面だけで何もかも知った気になるのは、とても危険なことだと思うのです。それもあって、迷いながらもこうして拙文をしたためています。

 

 

そして最後にもう1つだけ。

色々問題はあると思いますし、出る杭は打たれるというか、アンチも多いであろう塚原夫妻ですが、彼らが日本の体操競技に貢献してきたことは本当に大きい、ということは確かです。

 

充実した体操の練習場を作ろうと、朝日生命の体育館を作り上げ、その頑丈な設備は東日本大震災でも大きなダメージを受けることなく、選手たちは練習を続けることができたそうです。そして海外在住で一時的に日本に帰省している日本人選手なども短期で受け入れたりしながら、体操の練習が継続できるような環境を提供したりもしておられました(娘が練習をしていた時、実際に海外から日本へ来られた選手の練習している様子も拝見しました)。そして、お顔をつないでくださった方がいたからこそとはいえ、うちの娘にも一流のコーチをつけて練習を見てくださったりしました。全ては日本の体操の発展のため、体操競技の裾野を広げるためという思いからなのだと感じていました。塚原夫妻、そしてご子息である直也さんを含めたご一家は、どこから見ても体操ファミリーです。人生を体操に捧げた家族と言えるでしょう。言い方を変えれば、日本の体操のために良かれと思うことはなんでもやってこられた方々でもあると思うのです。

 

だからこそ、このこじれてしまった宮川選手と塚原夫妻との問題が、残念でなりません。立場や年齢など、コミュニケーションを阻む壁はかなり分厚く高いのですが、宮川選手と塚原夫妻が目指しているところは、本来とても近いのではないかと思います。そして、決して広いとは言えない日本の体操競技の世界。今回のことで心痛めている選手、悩んだり、おびえたりしている選手もいるかもしれません。彼ら彼女らが、そしてもちろん宮川紗江選手も、のびのびと体操に打ち込める環境が、早く戻ってくるように願わずにはいられません。

 

とりとめのない、オチもないお話でしたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

“迷いましたが、やっぱり書きます。体操のこと。” への4件の返信

  1. 真美子さん、こんばんは。
    スポーツ界だけではなく、教育の場、はては家庭内でも体罰と暴力の線引きが問題になっています。時に自分の感情をコントロール出来ない事は誰しも経験することです。人は万能ではないからこそ、話し、協力し、解決を求める。片側通行の報道を鵜呑みにするわけではありませんが、コーチが平手打ちする映像はショッキングな物でした。それを周りの誰も止めに入らないのも不可解でした。
    危険の伴う練習だからこそ集中出来ない時にはより周りの助けが必要。
    もっとオープンに、もっと広い立場から誰もが物言える様になって欲しいですね。

    1. 本当にそうですね。
      密室化させないということは、とても大切ですね。スポーツ界、教育界、家庭、どれもオープンに、周りの人たちの支えや目があることで、暴走を食い止める可能性はぐっと上がるように思います。

      体操の練習中のコーチと選手というのは、はたから見ているとある種、彼らにしか理解のできない世界に入り込んでいて、周りの人たちは立ち入れない空気があるのかもなと、思ったりしています。その場で止めに入ることができなかったけれど、せめて映像に撮っておこうとした人はいたのでしょうね。

  2. このところ、スポーツ界での不祥事が次々と表に出てきています。妙にマスコミが面白がって取り上げてる様に見えてしまいます。塚原さんを最初から悪者と決めつけたような取り上げ方をしてますし、嫁さんと「一方的な報道で塚原さん、悪者にしか見えないね。本当に、そんなに悪い人やったら、とっくに問題になってるハズやん。おかしくない?」って、言ってました。本当の事を理解してない人が(私も含めて)報道に踊らされて、騒ぐ。怖いことです。真美子さん、この記事を思い切って書いて大正解ですよ!!私も私達に感じた事が間違ってはない感じで安心しました。これからも「騒ぎ」を冷静に外から見守りたいと思います。娘さん、真美子さん、頑張ってくださいね‼️(ノ≧▽≦)ノ

    1. 塚原ご夫妻は、長年体操界に貢献してこられて、ある意味強くなりすぎてしまったのかなと思います。積年の恨みをここぞとばかりに晴らしている人がいらっしゃるのかしら・・・?と勘ぐりそうになります。
      もちろん組織ですから、権力を争うことは珍しくないのですが、そこに選手が完全に巻き込まれていることが残念ですね。。。
      ユナパパの賛同、心強いです。ありがとうございます!

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